転生アラサー腐女子はモブですから!?

スプーン攻防戦

「ほらっ! アーンして。口開けないと食べられないだろ?」

 なんなのよ、この羞恥地獄は!?

 目の前に差し出されたフワフワ卵のオムレツがのったスプーンを見つめ、アイシャは羞恥で顔から火が出そうだった。

「あのぉ、キース様。スプーンなら左手でも扱えますので、付きっきりで食事のお世話をして頂かなくても大丈夫です。それに、先ほどまで居ました侍女はどちらに行かれましたの? それこそ、出来ない事は侍女にしてもらいます。キース様はご自分の準備をなさった方がよろしいかと」

 行き場を無くしたスプーンが目の前でウロウロしているが、知った事ではない。ここで彼に退室してもらわねば、この羞恥地獄は終わらない。

 ナイトレイ侯爵家での静養が、半ば強引に決まり、ゴロツキに襲われてから今の状況に至るまでの経緯を端的に説明すると、裏路地でアイシャを見つけたキースは、気絶した彼女をそのままナイトレイ侯爵家へ連れ帰り侍医に見せた。

 大きな傷はなかったものの右手首を捻られたせいで、腫れと痛みが強く、その晩アイシャは熱を出した。高熱と襲われた恐怖心からか、心身共に大きなダメージを受けていたアイシャは、三日三晩意識が戻らなかった。そして今朝方、目が覚めたアイシャだったが、すぐに立ち上がるのは無理との判断で、寝ていたベッドの上で、甲斐甲斐しくキースからお世話を受けているのが、現在だ。

(先ほど紹介された私担当の侍女さんは何処に行かれたのでしょう?)
 
 ワゴンに乗った豪華な朝食を運んで来てくれたのに、いつの間にか消えている。『未婚の男女を二人きりにするのは如何なものなの』というアイシャの切なる声は、ナイトレイ侯爵家の優秀な使用人の皆様には届かない。
「アイシャは優しいね。俺の仕事の心配をしてくれてるの? 騎士団に遅刻したらって」

「えぇ。最近、副団長補佐に昇進なさったと伺いまして、お忙しいのではありませんか? 準備しませんと、お仕事に遅刻しますわ」

「あぁ。それなら大丈夫だ。アイシャの怪我が治るまで付きっきりで面倒を見るように、団長からも副団長からも言われている。今の俺の任務はアイシャの世話をする事だ」

「はぁ?? 何ですかそれ? 騎士団にそんな任務あるわけ……」

 アイシャは思い出してしまった。エイデン王国国軍のトップがナイトレイ侯爵で、副団長が剣の師匠ことルイス・マクレーン様だった事を。国の防衛を任されている騎士団のトップ二人が父と兄なら、そんなふざけた任務ですら作ることは容易い。

 なんか、外堀ガッチリ埋められてないかしら?

「だから、あきらめてアーンして。ほらっ」

 行き場を無くし彷徨っていたスプーンが口元に再度差し出される。そして、それを見たアイシャはと言うと、この攻防の敗北を悟り、大人しく口を開けたのだった。

(くそぉぉぉ……、笑顔が眩し過ぎる……)

 顔を真っ赤に染めたアイシャと、愛しげに彼女を見つめ、せっせと口元に食事を運ぶキースの様子を少し開いた扉から覗く二つの影。彼女の専属侍女とナイトレイ侯爵夫人が、隣の部屋から初々しい二人の様子を覗き見していたなんて、アイシャだけが気づいていなかった。
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