転生アラサー腐女子はモブですから!?
 どこぞの王女だった母を父が見初め、あらゆる手段を講じて手に入れた。

 突拍子もない噂話。アイシャもメイドからその話を聞いたときは鼻で笑った。『公爵家出の母がありえない』と。しかし、父、母の結婚は、この貴族社会では珍しく恋愛結婚だったのだ。嘘か真か、真相は不明だが、今のリンベル伯爵家の立ち位置を考えると、ある意味あの噂は真実だったのかもしれない。

(母の元王女としての人脈を期待して――、って考えるのが妥当よね。どの世も、権力には抗えないものよ)

 前世、社畜だった頃の嫌な記憶が蘇り、アイシャの心を痛ませる。

「アイシャ、本当に大丈夫? 控え室で少し休みますか?」

(えっ!? ここで、退室なの? やっと過酷な挨拶回りが終わって、妄想イケメンカップル観察が出来るって思ってたのに!!)

 七年分の『萌え』不足は、まだ全く解消されていない。ここで、このイケメンパラダイスから追い出されるわけにはいかない。絶対にだ!

「お。お母さま! アイシャは大丈夫で――――」

「歓談中、すまない。ルイーザ、ウェスト侯爵が到着されたようなんだ。アイシャを借りることは出来るか?」

「まぁ! ウェスト侯爵さまが。わたくしも挨拶にお伺いした方がよろしいかしら?」

「いいや、ルイーザは、ご夫人方のお相手を頼む」

「でも……、アイシャなのですが、疲れているようなのです。ずっと挨拶回りでしたでしょう、少し休ませた方がよろしいかと思いますの」

 貴族社会の序列を気にもしないマイペースな母の発言に、度肝を抜かれる。

(いやいや、それはダメでしょ! 格上の、しかもウェスト侯爵と言ったら、エイデン王国の宰相も務める高貴なお方。主役である私が挨拶に行かないでどうするよ)

 一人ツッコミを入れながら、『これで、魑魅魍魎闊歩する貴族社会を渡り歩いているのだから、本当信じられない』と、母ルイーザの発言に呆れていると、今度は父の的外れな発言に衝撃を受ける。

「そうか、確かに……、ずっと歩き通しだったからな。じゃあ、休憩室――――」

「――――おおお父さま!! アイシャは全く疲れておりません! この通り元気いっぱいでございます」

 心配顔の両親の目の前で、ピンク色のドレスの裾をつまみ、クルッとその場で一回転し、カーテシーをとってみせる。それを見ていた周りのご夫人方から、ワッと拍手が起こり、その場の空気が和む。

「ほらっ! 問題ございませんでしょう」

「それも、そうね。アイシャ、本当に大丈夫なのね?」

「はい! お母さま」

「では、アイシャ。ウェスト侯爵さまに失礼がないようにね」

(いやいや、挨拶もせず主役を引っ込めようとしていたお母さまが一番失礼ですから)

 心の中で母へと盛大なツッコミをしていようとも、それを(おもて)に出すことはない。アイシャの頭の中にあるのは、このイケメンパラダイスから追い出されずに済んだという安堵感だけ。

(お父さま、よくやった! はてさて、次はどんなイケメンカップルに出会えるのかしら♡)
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