転生アラサー腐女子はモブですから!?
(何か言ったらどうなのよぉ!)

 師匠と入れ替わりに入って来たキースだったが、無言のまま部屋に置いてある椅子に座わり、沈黙している。

(起き上がることも、部屋を出る事も出来ないんだから、ダンマリしているならさっさと出て行け!)

 そんなアイシャの憤りも虚しく、数十分が経過し、今だに何も言わないキースに焦れたアイシャがきれた。

「話す気がないなら出て行ってくださるかしら?」

「………」

(無視ですか。あぁぁぁイライラする!!)

「黙ってないで何か言ったらどうですか? ルイス様に言われて来たのでしょ。話す気がないならさっさと出て行って!」

「お前のせいで……、お前のせいで兄上はナイトレイ侯爵家の跡取りになれなかったのに。お前さえ生まれて来なければ兄上は俺に跡取りの座を譲らなくて済んだんだ! しかも格下のマクレーン伯爵家に婿入りするなんて! 兄上を不幸にしたのは、全部お前だ!!」

 憎悪の篭った目で睨まれるが、キースの意味不明な戯言にアイシャの怒りのボルテージも上がる。

「はぁぁ!? 貴方、なに言ってるの? ナイトレイ侯爵家のお家事情に私を巻き込むのはやめてください。全く、関係ないじゃない。そんな事で私を憎んでいたと言うの! バカバカしい」

「何がバカバカしいんだ!! リンベル伯爵家にお前さえ生まれなければ、ナイトレイ侯爵家は兄上が継げたんだ。お前が生まれたから、リンベル伯爵家と姻戚関係を持ちたい父上は、年の近い俺を跡継ぎに代えたんだ。兄上の未来を奪っておきながら、弟子にもなるなんて厚かましい。どうせ弟子の座だってリンベル伯爵家の力でも使ったんだろ!!」

(なんだその身勝手な言い分は!?)

 キースのボルテージが上がれば上がる程、冷静になっていく。

「私との婚約がどうとかと言っておられましたが、それは置いておきましょう。今の話は全くもって私には関係有りませんよね。もし仮に私の存在が本当にルイス様の跡取りの座を奪ったとしても、それでルイス様が不幸になったと言えるのですか?」

「兄上は格下のマクレーン伯爵家に婿入りすることになったじゃないか!」

「一度でもルイス様にマクレーン伯爵家に婿入りして不幸だったか聞いたことがあるのですか?」

「…………」

 視線を逸らしたキースを見て、アイシャは大きなため息をつく。

(この分だと、聞いたことすらなかったのね)

「私から見たルイス様と奥様はとても仲睦まじく幸せそうなご様子でした。あのご夫婦ほど、お互いを信頼し合い、仲睦まじいカップルはいらっしゃらないかと」

「えっ!?………………」

 キースの目が、驚きに見開かれる。

「それに貴方がナイトレイ侯爵家の跡取りに相応しくない、ルイス様こそ跡取りに相応しいと思っているなら、どうしてそれをルイス様やナイトレイ侯爵様に言わないのですか? しかも、ルイス様と奥様の普段の様子すらご存知ないですよね?」

 唇を噛みしめ、言葉を発しないキースを見て、アイシャもまた、あきらめの境地に達する。

 ただ、師匠のことを思えば、このままキースを放っておくことも出来ない。

 キースの気持ちなど、どうでもいいが、誤解されたまま、兄弟がすれ違ってしまうのは、あまりにも悲しい。

(仕方ないわね)

「キース、もし貴方が、お二人をきちんと理解し、奥様とも交流を持たれていれば、ルイス様がマクレーン伯爵家への婿入りをどう思っているか分かったはずです。貴方の抱いている私に対する憎悪は、ただの八つ当たりです。何の行動も起こさない人から十年間も八つ当たりされ続けた私の立場も考えて頂きたい。話はそれだけです。貴方と話す事はもう有りません。お帰りください!」

 項垂れ肩を落としたキースが退室していく。

 あの憎悪が兄に対する罪悪感から来る八つ当たりだったなんて、本当バカバカしい。

 自分の殻に閉じこもり、周りの意見に耳を塞ぎ、アイシャへの恨みを募らせ、心に溜まった鬱憤を晴らすため、何も知らないアイシャを、キースはサンドバッグ代わりにしていた。

(本当に最低なヤツ。少しは反省してもらいたいわ)

 そんなやるせない気持ちを抱え、悶々としていたアイシャの耳に扉を叩く音が聴こえる。



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