Beautiful moon
そんなことは有り得ないはずだと強く思いながらも、脳裏に浮かぶのはバーの窓から遥か彼方に見える月を眺める、先生の横顔。

直ぐ隣にいる私の存在など、無意識に忘れ去られたように天を仰ぐ、その輪郭の曖昧さ。

その一つ一つが、良からぬ妄想へと答えを誘導してしまう。


『…美園さん?』


美月さんの声に、不意に持っていかれていた意識が戻ってくる。

私が急に黙り込んでしまったせいか、目の前で心配そうな目を向けていた。

『大丈夫?』
『平気…です』

できるだけ動揺している感情が表に出ないよう、平静を装う。

彼女は一瞬何かを口にしようとして押し黙り、次に天を仰いで頭上の月の位置を確認すると小さく『早いわね』と、口にする。

その言葉の意味を考える前に、また例の白い靄が周囲を包み始める。

『そろそろ、次の場所に行きましょうか』
『え…次の場所って?』

咄嗟に椅子から立ち上がり、彼女の方に歩を進めうとするも、すでに濃い靄が足元にかかり、思うようには動けない。

『…美月さん、待っ』

立ち込む濃霧の中に、かすかに微笑む美月さんの姿が消え去ると、またすべてが身動きのできない世界に苛まれ、刹那の刻を越え、再び突風が吹き荒れた。
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