□TRIFLE□編集者は恋をする□
「片、桐……?」
ぼんやりと目を開き、薄暗い車内で私に覆いかぶさる片桐のシルエットに目を凝らす。
ゆっくりと闇に慣れ鮮明になっていく視界には、こちらを見下ろす片桐の表情が写った。
片桐がすっと顔をそらした。
「ずるいよ……」
顔を反らされた事がショックで、考えるよりも先に勝手に言葉が口から出ていた。
「片桐はずるいよ……」
たった今まで片桐になぐさめて欲しいと望んでいたくせに、彼女の存在なんて吹っ飛んでしまうくらい片桐に欲情していたくせに。
こうやって片桐の事を責めるなんて、私はすごく卑怯で我が儘だ。
……でも、苦しかった。
仕事場の同僚という立場と、ただの浮気相手という立場の間で、不安定に揺られているのがつらかった。
片桐の言葉に振る舞いに、いちいち揺らいで、もしかしたらなんて期待してしまう自分が嫌だった。
「美咲さんがいるくせに……っ」
掠れた声で私が言うと、片桐の顔が微かに歪んだ。
「悪い」
私の目をまっすぐに見たまま、低い声で静かにそう言う。
余計な言い訳もせずに、ただ短く謝罪するだけなんて、無口で無愛想な片桐らしい。