そして消えゆく君の声
 要さんの話を聞けば聞くほど、自分の中の征一さん像が揺らぐのがわかる。

 正直に言うと、私は心のどこかで征一さんを苦手に思……ううん、嫌っていたのだと思う。


 大事な人を傷つける人。怖い人。

 たとえ征一さんが黒崎くんに歪んだ愛情を持っているのだとしても、胸に生まれる敵意を消すことはできなかった。


 でも、今はわからない。


 あの人がしているのは悪いこと。
 でもきっとあの人は悪い人ではない。

 ただ空っぽなだけ。 
 自分の命すらどうでもいいほど。


 ならどうして征一さんは黒崎くんにだけ固執するんだろう。どうして黒崎くんは征一さんを止めないんだろう。


 どうして


 その答えを持っているのは、征一さん自身と黒崎くんだけ。だから、要さんと別れて明るい大通りに向かって歩きながら、私はこれからのことを考えた。


 私は黒崎くんに向き合わなきゃいけない。
 ちゃんと話さなきゃいけない。


 黒崎くんは背を向けるだろう。今だって私を避けているのに、これ以上近付いたら嫌われてしまうかもしれない。

 私の行動は、黒崎くんの心を傷つけるだけなのかもしれない。


 それでも知りたい。


 だって、黒崎くんは苦しんでいた。たった一人で。例えどんな事情があったとしても、大切な人が傷つく姿をこれ以上見たくない。だから。


 向き合わないと。
 黒崎くんの気持ちに、自分の気持ちに。


「黒崎くん」


 手の中で、ガラスの花が揺れる。夏の思い出が、私を後押しするように。



「…………黒崎くん」



 雑踏の向こう、見上げた空には細い細い月が浮かんでいた。
 
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