月がてらす道
尚隆の言う通りである。彼も、みづほと同じように考えていたのだ。凛のためを思うなら、いつまでも今のまま、両親が離れて暮らす状態でいるのは良くない。
しいて問題を言うなら、仕事を世話してくれた叔父たちへの義理であった。今は凛を連れての出勤も認めてくれている彼らに対し、申し訳ない思いもあって仕事を続けているが、事情を知る叔父や従兄は事あるごとに「何かあるならいつでも辞めていい、管理はまた外注に出すから」と言ってくれている。
母もおそらく、事情を話せば同じことを言うだろう。
尚隆にもらったお茶のペットボトルは、まだほんのりと冷たい。開けて一口、二口飲んでから再び、ベビーカーで眠る凛を見つめた。息を吸い込む。
「この子、最近、まあまって呼んでくれるようになったの。まだだいぶ片言だけど。母のことは、ばあばって」
「へえ、そうか。聞きたいな」
「……ぱあぱって、呼ばれたい?」
「えっ?」
「一緒に暮らしたら、そういうことになるでしょ」
「──それって」
若干の不安混じりの、期待をこめた目で見てくる尚隆に、みづほはうなずいた。視線をそらさずに。
直後、尚隆が笑み崩れる。左手をぎゅっと握られた。
「ありがとう」
「ううん、そう言うのは私の方よ。ほんとうにありがとう」
久しぶりに感じる彼の熱に、目頭が熱くなってくる。ぽろりと落ちた涙を、尚隆の指がぬぐった。
そのまま、どちらからともなく顔を近づけ、唇を重ねる。
──と。
「ちゅー!」
上がった抗議の声に、二人そろってびくりとした。見るといつの間にか目を覚ましたらしい凛が、こちらに手を伸ばしてじたばたしている。抱っこをせがんでいるらしい。
「ごめんね凛、はい抱っこ抱っこ」
「ちゅーっ!」
いくぶん焦ってベビーカーから降ろすと、先ほどと同じ言葉を凛は繰り返した。今まで言ったことなどなかったのに。
「ちゅー、って」
尚隆と顔を見合わせ、照れ臭さでいっぱいの気分になる。自分にもしろということなのか。
「……はいはい、わかったから。ちゅーね」
言って、小さく柔らかい頬に、みづほは唇を寄せた。だが凛は満足しなかったようで、今度は尚隆に手を伸ばす。
もう一度顔を見合わせ、まばたきをお互い何度か繰り返した後、ふっと笑い合う。抱っこの腕が尚隆に変わると、凛はにこにこと笑い、父親の頬にちゅっと、可愛らしいキスをする。
驚きで目を見開いた後、尚隆は娘に笑いかけた。二人の笑顔に、みづほは幸せを実感して、笑みをこぼす。
涼しさの混ざり始めた風が、3人の周りを吹き抜けていった。
- 終 -


