冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「義務は果たしたからな」
スラリとして容姿はかなりイケメンだが、何せ表情がない。他人を寄せ付けないガードのようなものが張られているのがありありと分かる。
「藤原さんに誘っていただいたから参加しましたが、決してイヤイヤ参加したわけじゃありません。私の意思で参加しました」
このままでは先輩である藤原の顔を潰してしまうような気がした。藤原は親切で尊敬できる先輩だ。そこは誤解されたくない。
「……新入社員?」
「え? は、はい」
その問いかけに驚いていると、何を思ったのか九条がこちらに近づいてきた。そして、麻子から1メートルほど距離をとった場所に同じように九条が立つ。
「じゃあなんで、まだ飲み会は終わってないのにこんなところに一人でいるのかな」
「あ……」
確かに、嫌になって抜けてきたと思われても仕方がない。
「電話がかかってきて、それで、です」
隣にいる九条の顔を見る。初めて間近で見て、思わず見入ってしまった。
冷たい雰囲気は変わらないけれど、やっぱりとんでもなく綺麗な顔をしている。その肌の透明感と涼しげな目のせいで、男性でも『綺麗』という言葉が一番相応しい気がした。耳にかかることのない切り揃えられた清潔感に溢れた髪。その顔がゆっくりとこちらに向けられた。
「通話は終わってるように見えるけど?」
「そ、それは……」
鋭いな。
言葉に詰まっていると、九条が表情をほんの僅か崩した。冷たい表情の人は、そのパーツのどこか一つだけでも緩めたら一瞬にして雰囲気を変える。
「あ、で、でも、それを言うなら九条さんも、主役なのに一番に帰ろうとしていました」
胸の鼓動が何故か激しく乱れ、顔は熱くなる。訳がわからなくなって、それを誤魔化すようにそんなことを口走っていた。
「……確かに。そうだな」
ふっと息を吐いて腕を組む。長い手足、身体に沿うようにぴたりとフィットしたスーツ、手首に巻かれた皮の時計。何もかもが大人の男を思わせる。
表情、仕草、ほのかに香るシトラスの匂い。全てが自分の身体に刻み込まれるみたいな感覚に麻子は混乱した。