冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
(麻子も社会人になったんだ。うちに金を入れるべきじゃないかと思ってな。世話になった人に恩返しする。それが人としてあるべき姿だと思うから言ってんだ)
「……はい」
4年ぶりの連絡だと思ったら、金の話だった。
「大学の奨学金の支払いも始まりますし、生活費もあります。そう多くはできないとは思いますが毎月送金します」
(商社だろ? 新卒でもそれなりにもらえるだろう。5万くらいは送れるか?」
5万はかなりきつい。でも、できないわけでもない金額だった。
「……はい、わかりました」
(そうかそうか。麻子が立派に成長して伯父さんも嬉しいよ。おまえをあの時引き取って本当に良かった。麻子もそう思うだろう?」
「はい。感謝してます」
上機嫌のまま治郎は電話を切った。通話が終わってもそのまま店に戻る気にはなれず、歩道脇のガードレールに腰を預けて、大きくため息を吐く。
その時、店から出て来る人が視界に入った。それは、まさにこの飲み会の主役、九条だった。
「お、お疲れ様です」
相手はこちらのことを知らない。でも、こちらは一応知っていることになっている。相手は先輩社員だ。挨拶しておいて間違いはない。
「……君も、うちの社員?」
見た目と同じ、冷めた感じの口調だ……。
第一印象はそれだった。
「は、はい。今日は藤原さんにお誘いいただいて、」
藤原か――そう、独り言のように呟いて何故だかため息をついている。
「社内の付き合いは大事だとかなんとか吹き込まれたかもしれないけど、気が乗らないものに無理に参加することもない」
「もう、お帰りですか?」
そのまま歩いて行こうとした九条に、咄嗟に声を掛けていた。