冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
夏の夜風の中を歩く。
日中の熱がようやく冷めて来た涼しい風と、繋いだ手の熱さ。その温度差と自分の胸の鼓動をひたすらに感じていた。
九条の部屋に着くと、玄関先で明かりも点けずに向き合った。
「これから、君の中にあるあの男の記憶を全部上書きする」
長くて骨ばった男の人の指。それが、麻子の頬から耳にかけて滑り込んで行く。
「もう二度と、思い出さないように」
そう言って唇を塞いだ。
「か、課長、シャワーを……」
「君をちゃんと見てからだ」
九条の唇が耳たぶに移動した隙に言葉を発するも、その手は離れなかった。そして、そのまま抱き上げられる。
「課長――」
驚いて上げた声も飲み込まれた。
連れて来られた場所は、九条の寝室だった。一度だけ寝たことのあるベッドに横たえられる。
「黒いワンピース、似合っているな。脱がしてしまうのがもったいない」
湾岸エリアの夜景が、九条の顔を照らして。いつも見せている冷たさに大人の色気が合わさって、その視線だけで身体が昂る。
マットレスが軋む。九条が麻子の身体に跨り、ゆっくりとその身体を反転させる。そして、ワンピースのファスナーを下ろして行った。肌が少しずつ晒される気配に、身体にぎゅっと力を入れてしまう。
「……君の背中、たまらなく綺麗だ」
そんな言葉を吐きながらゆっくりと唇を滑らせて行くから、息が上がる。
「……んっ」
緊張を一つ一つ解いていくように、九条の手が肌に触れて。じっくりと寄り添うように心までも開いて行くように。そうしている間に、ワンピースは脱がされていた。
「そんな下着姿を隠してたのか?」
くるりと仰向けにされる。咄嗟に胸元に腕を回す。
「は、恥ずかしいです」
「この下着を選んだのは、私のために頑張ると言っていたことの一つ?」
九条に見られることを考えて選んだのを見透かされ、たまらなく恥ずかしい。じっと見下ろされる目を見返すことなんてできない。固く目を閉じて、こくこくと頷く。
「それなのに、今日は会わずにいようとしたのか?」
懸命に隠そうとした腕を捕まえられてしまう。それを頭の上で一まとめにされてしまった。
「……本当に、」
鎖骨のあたりに温かくて濡れたものが触れる。
「君には、腹が立って仕方ない」
「……あっ、ご、ごめんなさ……んっ」
麻子の身体を這う指と唇が、次第に熱を帯びて。麻子から理性を奪っていく。
「感情を揺さぶって、私を変えてしまう」
それはどういう意味なのか――。
考えようとしても、九条から与えられる快感に思考は停止して。欲望を引き摺り出された。
この身体に触れていたものが突然消えて、思わず目を開けてしまう。その先に現れたのは、九条が乱暴にネクタイを引き抜く姿だった。
これまで、ネクタイが緩んでいるのさえ見たことはなかった。その九条が、引き抜いたネクタイを投げ捨て、シャツのボタンを性急に外す。
はだけたシャツから露わになる引き締まった男らしい身体に、恥ずかしさも忘れて見入ってしまう。
そして――。メガネを外した。