冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
激しさの中にも労わるみたいに抱かれて。こんなにも、身も心も気遣うように抱かれたのは初めてだった。
身体に少し重みを感じる。そして、心地いい温もりも――。
何度か瞬きをしてから目を開ける。目の前に窪みが異様にセクシーな鎖骨。胸に抱きしめられているこの状態。ハッとして顔を上げる。今度は、一緒に寝ていてくれたのだ。
課長の寝顔……!!
メガネをしていない。そして何よりその髪型だ。いつもはほとんど額に前髪はかかっていない。なのに、目の前で眠る九条の前髪は無造作に下されて、鉄仮面とは程遠いものにしている。
それは反則過ぎます!
セクシーにも程がある。その色気は刺激が強すぎる。
私。今更だけど、この人のことを当たり前のように恋人として接することができるの――?
一人脳内であたふたとしながら一気に蘇る。
でも。昨日、課長に抱かれたんだ――。
あれやこれやが次から次へと思い出されて今度は急に色々と恥ずかしくなって。布団の中に顔を潜らせようとした。
「――何してるんだ?」
「ひゃっ」
寝ていると思っていた九条が、麻子の顔を上へと向けさせた。九条と向き合う形になる。
ダメだ。本当にまずい。この人、九条課長じゃない――!
「お、おは、ようございます」
「ん……おはよう」
寝起きの掠れた声。それも初めて聞くもの。
「身体……大丈夫か?」
「え? か、身体? あ、も、もちろん大丈夫です」
「昨日の中野さん、かなり乱れていたから。大丈夫ならよかった」
大きな手のひらが麻子の頭をすっぽり覆いながら撫でて来る。
「乱れてなんか……っ」
いたかもしれない。
「でも、私の理性を吹き飛ばしそうになるくらい可愛かったけどな」
「……」
前髪がかかる切れ長の涼しげな目が、甘く細められて。レンズが隔てていない眼差しは、それだけで麻子の胸を撃ち抜く。一人であたふたドキドキしているのが何だか悔しい。
「課長だって、昨日は『麻子』って呼んでいたのに、『中野さん』に戻っていますが」
「そんなことはしていない」
「確かに呼んでいました。聞き間違えたりなんかしません。だって、名前で呼ばれて嬉しかったから……」
無かったことにしないでほしい。そう思ってしまう。
「じゃあ……」
頭を撫でていた手のひらが頬へと移ってきた。
「名前で呼ぼうか?」
「……はい。そうして欲しいです」
首を傾けて見つめ、そのまま麻子の額にキスをする。抱き寄せられて、胸が甘く疼く。
今までの人生で、一番幸せな朝だった。