冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
宣言通り、その夜は、隣で眠るだけだった。
『明日は仕事だからな』
と言って触れるだけのキスをすると、あっさりと眠ってしまった。絶対に仕事には支障を来さない。そういうところが九条らしい。
ほっとしたような残念なような。複雑な心境をぶつけるように、九条の手に指を滑らせてみた。
手を繋いで寝るなんて、少し子供っぽいかも……そう思ったけれど、意外にも握り返してくれた。結局、それで十分嬉しいのだから自分でも単純だと思う。
九条の平日の朝は早かった。麻子も早い方だとは思ったがそれ以上だ。
慌ててリビングに向かうと、シャツ姿の九条がいた。
「おはようございます」
「もう起きたのか? まだ寝ていても間に合うぞ?」
「いつもこの時間に起きているので」
ソファで、コーヒーを飲みながら英字新聞を読んでいるみたいだ。
「……毎日、英字新聞を読んでいるんですか?」
「ああ」
目の前のテーブルも、幾つかの新聞が並んでいた。
「こんなに?」
「君も、余裕があれば新聞は複数読んだ方がいい」
「毎朝、英語のニュースをラジオで聴くので精一杯でした」
九条の開いている新聞を覗き込む。
「英語力維持のためにも、それはずっと続けろ。それとは別に、少しずつでいいから、新聞を読むようにするといい。せっかくだ、これから毎朝、一緒に読むか?」
「はい!」
「いい返事だな」
そう言って九条が笑った。
「おいで」
九条が麻子の手を引き、自分の前に座らせた。
「あの、この体勢は……」
「ん? 一緒に読むならこの体勢が一番読みやすいだろ?」
背中に感じる九条の身体。顔がすぐ隣にある。背後から腕が伸ばされて、これでは後ろから抱きしめられているみたいだ。
「意味が取れない箇所があったらすぐに言え。考えている時間が無駄だからな」
「……は、はい」
声が耳たぶを掠めて、肩がぴくりと上がる。もう、縮こまっているしかない。他に意識が向かないように、懸命に英文に目を走らせた。
一通りその英字新聞に目を通した後、朝食を取ることにした。
「課長、朝ごはんはいつもどうしているんですか?」
「ああ、コーヒーと、固形の栄養食品をかじるくらいかな」
「それはまずいですよ」
マグカップをシンクに置いている九条に訴える。
「私も、偉そうなことを言えるほど立派なものを食べているわけではないですが。少しは食べたほうがいいです。私、自分の分を作るので課長もそれを食べてください」
「だが――」
「一人分も二人分も一緒なんで。いや、むしろ、一人分を作るより二人分を作る方が簡単なんです。なので、食べていただけると助かります!」
九条に反論させる隙を与えないように畳み掛けた。
「……わかった。じゃあ、頼もうかな」
「はい!」
嬉々として朝食作りを始めたけれど、早々につまづいた。九条の家の冷蔵庫にはまともなものがない。仕方なく、かろうじてあったバターと食パン、卵で朝食にした。