冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜


 朝食を食べ終えると、いつもの九条が完璧に出来上がって行った。
 乱れ一つない髪とぴんとしたスーツ姿。スーツを着込んでも、真夏だというのに冷気さえ纏っているように見える。

「――念押しだが」

玄関先で、磨き上げられた靴を履き終えると九条が言った。

「一緒に暮らし始めたからな。今日からは特に、周囲に私たちのことがバレないように気をつけてくれ」
「分かっています。ただ、一つだけお願いがあるのですが」

改まって、九条に向き合う。

「何だ?」
「同期に一人、私が一番信頼している友人がいます。その子には、課長とのことを報告したいんです」

九条の目が少ししかめられる。

「本当に信頼できる子です。他言するような人間ではありません。もし、万が一その子が他人に話してしまった時は、私が責任を取って退職します。ですから……あの、課長?」

九条がふっと笑っているのに気付いた。

「いや、自分の首をかけられるとは凄いなと思って。本当に信頼してるんだな」
「はい。その子とは入社当時から何でも話して来た仲でなので、隠していたくないなんです。でも、もし、どうしても課長が信用できないと言うなら――」
「分かった」

その真意を探ろうと九条を見つめる。

「その代わり、しっかり口止めしておけよ」
「ありがとうございます!」

九条の言葉に深く安堵する。美琴に伝えられないままなのは嫌だった。

「名前だけ聞いておいていいか?」
「はい、食品産業部の有川美琴です。ご理解いただき、ありがとうございます!」

もう一度お礼を言う。

「首にならないようにな」

そう言って、九条が麻子の肩を優しくポンポンと叩いた。

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