冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「な、何ですか?」
あろうことか、身体を抱き上げられそのままシンクに腰掛けさせられた。身体の両脇に九条が手を付き、真正面には美しいほどの端正な顔がある。
このシチュエーションは、一体なに……っ?
「麻子の顔を間近で見たいだけ」
「え?」
レンズ越しの切れ長の目がじっと麻子を見つめている。
な、な、何だ?
「そんな顔して、どうしたんだ?」
「だ、だって、ここ、キッチンですよ? こんなところに座らせるなんて、課長らしくない」
驚くのも当然だと思う。明らかにいつもの九条らしからぬ行動だ。
「当然だろ。私は今、君の上司として君の前にいるんじゃないんだから。今は、課長じゃないよ」
「でも――」
慣れないシチュエーションに落ち着かない麻子に構わず、吐こうとした言葉ごと飲み込まれる。それは、どこか性急なキスだった。
「ん……っ、か、かちょ――」
少し荒っぽくて執拗で、それでいて甘い。いつもより目線が近くて、キスだけで揺さぶられるみたいに身体が疼く。
「……あっ、や」
終わる気配のないキスに、甘ったるい声が出て来て恥ずかしい。抗いたいのにそれもままならない。
「もう、終わり、ですよね……?」
「ん?」
ようやく離れた唇。それにホッとしていたら、生暖かいものが耳たぶに触れる。
「そ、そこ、だめ」
耳を攻められたら、もう声を我慢するのなんて無理だ。
「こっちもダメだ。そんな可愛い顔されたら、やめるものもやめられなくなるだろ?」
大きな手のひらが麻子の顔をすっぽりと覆い、耳を嬲られ囁かれ。恥ずかしいほどに息が上がる。
甘く痺れる快感で泣きたくなる。
もうやめてもらわないと、とんでもないことを口走ってしまいそうで怖いのだ。
「今日、は……どうしたん、ですか? 平日、なのに……んっ」
懸命に言葉を発しても、途切れ途切れで。
これでは喘いでいるのと一緒だ。
「本当に、どうしたんだろうな。君をいじめたくてたまらなくなる」
「ど、どうして――」
「いじめて攻め立てて、麻子が淫らに声を上げる姿を見たい」
ぐいと、腰を強く引き寄せられた。それと同時に唇をこじ開けられる。