冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜


「今日は付き合ってくれてありがと!」

仕事で疲れた身体でろくに食べもせずに飲んでいたから、酔いが回っていた。二人で肩を組みながらオフィス街を歩き地下鉄の駅までやって来ると、麻子は美琴に大きく頭を下げた。

「何よ、急に」
「実はあんまり早く帰りたくなかったんだ。だから、一緒にいてくれて助かった」
「何かあったの?」

一緒に酔っ払っていたくせに、美琴の表情が真面目なものに変わる。

「……うん。実は、従姉妹の結愛(ゆあ)が、今、うちにいるんだ」
「は? なんで!」

その眉間にみるみる皺を寄せ、美琴が怒りを露わにした。

「東京で仕事探したいからって、仕事見つかるまで住ませてくれって。伯父夫婦からも頼まれて、断るに断れず。もうかれこれ2ヶ月」
「何よそれ! あんな女、住まわせる必要ない」

結愛は2歳年下の従姉妹で、伯父の家で世話になっている時に約4年一緒に暮らしていた。

決して仲が良かったわけではなく、むしろ麻子にとって嫌な思い出しかない。そのことを美琴には全部話していた。

伯父夫婦にとっての一人娘で、溺愛されていた。そんな家族の中に、会ったこともない年の近い従姉妹が入り込んで来たのだ。伯父夫婦、特に伯母が家庭環境が変わった娘を不憫に思って、余計に結愛の我儘を許していた。

麻子も、世話になっているという負目から、極力、結愛の願いを聞いてやっていた。麻子が持っている物を彼女が欲しいと言えば、何でも譲る。それが例え好きな人でも。

「私だって、あの家に世話になってた立場だからね。少しは協力しないと。でも、そろそろアパート探させる」
「ほんっとに麻子は、断れない人なんだから! あの女追い出すためなら、私、いくらでも協力するから。何でも言って!」
「ありがとう」

こうして遅くまで付き合ってくれただけで、十分だ。

自分の家に帰るのに、重い足を引き摺るようにして歩き出す。

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