冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
そうして連れて来られたところは、高級ブランドの店だった。とにかく敷居が高く感じられて、落ち着かない。
「こんなハイブランドのもの持ってないですよ……」
「うちの会社で君くらいの年齢なら、皆それなりにいいものを持っているだろう。そんなにオドオドするな」
もちろん身につけるものに気を配っていたけれど、それは必要最低限だ。こんな超高級なものを買うくらいなら貯金したいと思ってしまう。桁が一つ違う。
「一着持っていれば、これからも重宝する。ビジネス絡みのパーティーでも使えるぞ」
そう言うと、九条が率先してドレスを選び始めた。
「君の黒髪と肌の色なら、どんな色のドレスでも似合いそうだが……君の好みは?」
「拓也さんにお任せします」
どの価格帯のものを選べばいいのか見当もつかない。ここは任せておく方が無難だ。
「そうか。じゃあ、私の趣味で選ばせてもらうぞ」
さっと全てに目を通した後、九条は迷いなく一着を選び出した。
「……どう、ですか?」
九条の選んだドレスを着て、試着室から緊張を堪えつつ出る。ジースにTシャツという格好から180度変わる。
「――ああ。思った通り。君によく似合っている」
深めのVネックのAラインのドレス。丈はくるぶしが見えるくらいの長さ。パッと周囲が明るくなるような光沢のある深いブルーの生地。ごちゃごちゃと装飾のないシンプルなデザインが大人っぽい。
少し背伸びなデザインなのではないかと不安だった。女としての品格が伴っていない。
「本当ですか? 私の実力ではまだ着こなせてないんじゃ……」
「そんなことない。とても綺麗だ」
九条の細められた目に、胸が甘く疼く。
「だから、堂々と着てほしい」
その店でメイクとヘアスタイリングまでしてくれた。二割増くらいになった自分に自分でびっくりする。
「いつも決まりきったメイクしかして来なかったから……こんなに変われるなんて驚いてます」
店を出るなり九条に言った。
「君はありのままで綺麗なんだから。当然のことだろ」
真顔でそう返されて言葉を呑み込む。この旅で、綺麗だの可愛いだのあまりに言われ続けて、もう反論するのも諦めた。
「さあ、レストランに向かおう」
黒いスーツに身を包んだ九条に手を差し出されて、手のひらを預ける。
九条が予約したというレストランは、アジアとヨーロッパの雰囲気が融合されたエキゾチックな建物。見るからに特別なレストランだと分かった。
「ここ、格式高いところなんじゃ……」
「会員制で、誰もが出入りできるという店じゃない。各界のトップの人間たちの社交場でもあるな」
「そんなところ……っ!」
ただの高級レストランじゃないのか!
「心配しなくていい。その分プライバシーは確保されていて、他の客と顔を合わせなくてもいいようになっている。リラックスして食事できるんだ。ほら、行くぞ」
店へと入っていく九条の腕に手を回し、ついていった。