冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
店内に入ると天井の高いホールが現れる。豪奢で時代を感じさせるアンティークのシャンデリア。絵画が壁一面にセンスよく配列されている。
案内されたテーブルは、九条の言った通り完全プライベートエリアになっている個室だった。
目の前には庭園とライトアップされたプールのようなものがあり、心踊る雰囲気なのは間違いない。
「すごく、素敵です……」
そんな言葉しか出て来ない。
「気に入ってくれたならよかった」
九条が考えて手配してくれたのだという事実を、改めて振り返る。
「いろんな経験させてもらえて、すごく贅沢な旅行でした」
席に着くと、九条が頼んだシャンパンのグラスを手にした。
「遅くなったが、誕生日おめでとう」
「あ……そうでしたね」
すっかり忘れていた。この旅は誕生日プレゼントだと言っていた。
「忘れてたのか?」
「すみません。でも、最高のプレゼントです」
九条からいろんなことを教えてもらった。いろんな場所に行き、たくさんのものを見せてもらった。九条の知らなかった顔も見た。満面の笑みも冗談ばかり言う姿、いつものきちんとしていた姿だけじゃない砕けた姿も。
そして、何度も何度も『君はいい女だ』と言い続けてくれた。
「こんなに幸せな誕生日プレゼントは初めてです。本当にたくさんのものをもらいました」
自分への自信も経験も。いい女へと格上げしてくれるような、そんな経験だ。
「君へのプレゼントなのに、私自身も幸せな時間を君からもらった。こんな風に自分を開放感でいっぱいにしたのは初めてだ」
「それなら私も嬉しい。一緒に楽しんだ方が楽しいでしょ? 本当にありがとうございます」
コース料理は、インドネシア料理と欧風の料理で構成されていて飽きの来ないものだった。どちらも口当たりのいい味付けになっていて食がどんどん進んで行く。
「もうデザートになっちゃいました。ここの料理、いろんな意味で優しい味ですよね。高級店なのに偉ぶってないっていうか、食べる人の方に寄り添ってくれる料理って感じで」
さっきからずっと自分の頬が緩んでいるのがわかる。何もかもが幸せで、そうなるなと言う方が無理な話だ。