冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「そうでも言わないと、あなたの口を止められないし、別れてもくれないでしょう?」
清楚な顔をしていても、その中身はまるで別人なのだと悟る。
「部下であるあなたとの交際が、今明るみになったら。あなたじゃない。九条さんが責められるのよ? プロジェクトどころではなくなるわ」
すみれが静かに席を立った。
「中野さんなら、賢明なご判断をしてくださると信じています」
「ま、待ってください!」
麻子は、何かを考える前にすみれを引き留めていた。
「……どうして、私と課長が交際関係にあると、そこまで確信できるんですか?」
咄嗟に出た言葉はそれだった。
表情だとか、そんな曖昧なものでここまで断定的に話せるはずがない。
「もちろん、確かな証拠があるからです」
「証拠――」
すみれがバッグの中から何か写真のようなものを数枚取り出した。でも、それは裏側で何が写っているのかは分からない。
「お二人が一緒にいるところ。休暇中のはずのお二人が羽田空港の国際線ターミナルにいらした。ただの上司と部下が休暇中に空港で肩寄せ合っているかしら?」
すみれの言葉に、身体中を縛り付けるみたいに張り詰めていたものがふっと抜けて。気を抜いたら倒れてしまいそうになる。
「そんな風に傷いついたような顔をされているけど、これだけは忘れないで。あなたと九条さんの関係が始まるよりずっと前から、私は九条さんのことを想って来たの。傷つけたのはあなたの方なのよ!」
憎しみと悲しみを噛み潰したような声は、この人の本当の感情を表したようなものだった。
「――それでも、私はあの人を愛しています。あの人のためなら、なんだってする」
そう言葉を残して、すみれは立ち去った。
そうか。私は、誰かを傷つけた女になってしまったんだ……。
裏切られる苦しさは誰より知っている。あの感情を自分も他人に与えてしまったのか。
どうしてですか、課長……。
一人取り残された喫茶店で、涙を堪える。
婚約者がいながら私を側に置いているのは何故なんですか――?
固く目を閉じ、膝の上の服をぎゅうぎゅうに握りしめた。