冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
深夜二時。ノートパソコンを閉じた。
この時間なら、さすがにもう寝ているだろう。音を立てないようにして寝室に向かう。明かりをつけないままでベッドにそっと忍び込んだ。
いつもなら少しでもくっついて寝たいとその腕にしがみついたりするけれど、今夜はベッドの端で息を潜めるように背を丸める。
仕事で疲れている上に、すみれとも対峙した。それにこの時間だ。身体は疲れているはずなのに、神経が冴え渡り全く眠気が訪れない。自棄になって目を固く閉じた時。
「麻子」
背中の向こうで自分を呼ぶ声がした。
「……起こしてしまいましたか? すみません」
暗闇の中ベッドが少し揺れて、九条の手が麻子の肩を掴んだ。
「こんな時間まで仕事してたのか?」
「やり始めたら、色々、気になることが出て来ちゃって――」
掴まれたまま引き寄せられて、すぐ間近に九条のメガネ越しでない目が現れた。
「課長……?」
これだけの至近距離だと、暗闇の中でもはっきりと見える。
「呼び方。さっきからずっと、課長に戻ってるな」
「そんなこと、今、どうでもいいですから。遅いので、早く寝てください」
肩をぐいとマットレスに押されると、九条の前髪が麻子の顔に触れて。その次の瞬間何をされるのか察知する。
「や……っ」
気づいた時には、九条を強く押し退けていた。
「あ……」
目を見開いたまま麻子を見つめている九条の視線に気づいて、我にかえる。
「ご、ごめんなさい。課長、いつも平日はしないから、びっくりして」
私が課長を拒絶した――。
その事実に、自分自身が傷ついていた。
「……キスしようとしたんだけど、今日の麻子はびっくりしてばかりだな」
ふっと息を吐くと、九条がそっと麻子の頭を撫でる。
「こんな時間から、疲れている麻子を襲うほど身勝手な男ではないつもりだ。でも、勘違いさせるようなことをするのもダメだよな。ごめん」
「いえ、私こそ、勝手に勘違いしてすみません」
何をどう理解すればいいのかわからない。こんな状況が続けられるほど、冷静でもいられない。