冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「……あの、」
「ん?」
元寝ていた位置に戻った九条から声が届く。
「プロジェクト、少し落ち着くのっていつ頃ですか……?」
「ああ、そうだな。今進行してる契約が済めば、とりあえず第一関門突破ってところかな。だから……二週間後くらいか」
「二週間後ですね。わかりました」
二週間。
すみれだって、九条のことを考えるなら、九条が困るようなことをすぐにするとは思えない。
二週間で覚悟を決めなければ。
「何か、あるのか?」
「い、いえ。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
枕に顔を埋める。勝手に溢れてくる涙を押しとどめるためだ。
二人で過ごした時間を無かったことになんてできるのだろうか。
考えただけで、身が引き裂かれそうになる。
「――中野さん、さすがだよ。仕事上使えそうなこと、いろんな方向にアンテナ張ってるよね」
昨日、チェックした四ツ井商事と南アフリカの事業の資料をプロジェクトメンバーに早速紹介した。
「山ほど資料作らされてるけど、中野の担当分はほとんど戻されることない」
「それに、幹部に説明に行く時も、取引先との打ち合わせでも、質問されたこと大抵答えてくれるから本当に助かる」
メンバーの山田と秋元が口々に言う。
「そりゃあ、中野さんは部長からも有能だと認められている人材ですからね」
なぜか丸山が得意げに答えていた。
仕事上必要になる視点が自分の中で持てるようになったのも、相手とのやり取りの中でどこを重点的に聞いておけばいいのか、調べておけばいいのか分かるようになったのも、紛れもなく九条の指導の賜物だ。
「そう言えばさ、あれ、誰が行くんだろうな」
「あれって、何ですか?」
丸山が山田に問いかける。
「プロジェクト相手のインドネシアI L社だよ。メンバーの中から一人、I L社に行く人間が必要だ。現地でプロジェクトを指揮するためにな」
「ああ、なるほど」
現地と丸菱本社との調整、現地でのプロジェクト進行、どれも重要な業務を担う。大切なポジションだ。
「選ばれた人間は、丸菱での将来は安泰だろうな。商社マンの駐在先の中でもダントツでのエリートコースだ。だからこそ若手の中でも、将来有望な人間が行くことになるはずだよ」
山田の説明を大きく頷きながら聞いていた丸山が言った。
「インドネシアか……。英語だけじゃなくて現地の言葉もできた方がいいんでしょうね」
「仕事は英語で済むかもしれないけど、そこで暮らすんだから出来るに越したことはない」
「まあ、俺が選ばれることはないですね」
「そりゃそうだ。丸山では若すぎるし荷が重すぎる。まあ、俺はお前くらいの歳にはニューヨーク行ってたけどな!」
「自慢ですか?」
山田と丸山のやりとりを聞きながら、不意に九条と二人でした旅行のことを思い出してぎゅっと目を瞑った。
あの時は、何も知らないでいられた。
幸せな時間でしかなかった。