冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
九条と共に融資の件で最終的な詰めのため銀行に出向いたときも、うまく会話をすることができなかった。
「業務のことはもちろん、赴任にあたって準備で何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってくれ。いつでもいい。力になるから」
「ありがとうございます」
打ち合わせからの帰り、九条がそう声をかけてきた。それは、上司としての部下への配慮。それなのに、この声はどうしても硬いものになり、会話を避けようとしてしまう。
おそらく、九条は、そんな態度を察している。でも、それに触れて来ることはなかった。九条への感謝の気持ちを忘れたわけじゃない。なのに、正しい態度で向き合うことができない。
それから程なくして、正式に辞令が出された。
「インドネシアIL社への赴任は中野さんに決まりました。皆の努力が実を結ぶように、しっかり役目を果たして来てくれ」
「はい。プロジェクト成功のため精一杯働かせていただきます」
会議室にメンバーを集めて、その前で九条が辞令について発表した。九条の隣に立ち挨拶をする。
「赴任まで二ヶ月程度ですから、それまでに引き継ぎは万全に。これからは、中野さんは赴任の準備をしながらの業務となる。業務面でのサポートもよろしくお願いします」
九条がそう告げて、会議室から立ち去った。プロジェクト進行状況から、赴任は二ヶ月後に早まった。
「……中野か。中野なら納得だよ」
山田が、そう笑顔を向けてくれた。
「ありがとうございます」
「ん? なんだよ、嬉しくないの?」
麻子の表情を見て、山田が顔を傾ける。
「いえいえ! 光栄です。ただ、まさか自分だとは思わなかったので」
自分の態度が未だコントロールできていなのだとわかる。慌てて笑顔を作り山田に答えた。
「そうだよな。メンバーみんな、気にしてないみたいな顔して、心の奥底ではソワソワしながら発表を待ってたんだから。蓋を開けてみたら中野だったんだな」
秋元が腕を組みながら、唇を歪ませた。
「中野さん、本当に凄いよ! 居並ぶライバル薙ぎ倒して選ばれたんだもん。ここにも一人、悔しそうにしてる男がいるけど」
秋元に視線を寄せながら坂口がニヤリとする。
「同じ女性として応援してる。絶対、バンバン成果出して来てよ? そんでもって偉くなったら、私を引きげてね」
「頑張ります」
坂口が麻子の肩を叩き笑った。