冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「――課長に着任致しました、中野麻子です」
配属された課で着任の挨拶をするため、部下を前に立つ。
「こちらが、課長として初めての課になります。私以上に、皆さんの方が不安かもしれません。ですが、新米課長だろうががベテラン課長だろうが、それは関係ないと思っています。課長という職についた以上、新米という言い訳は通用しません。私はこの課の全責任を負っています」
九条は部下に厳しかったが、誰より自分に厳しかった。だからこそ、どれだけ厳しくても皆ついて行った。
「皆さんは、どうか安心して自分の業務に邁進してください。その代わり、自分の仕事に常にプロフェッショナルであってください。そこに新入社員も若手も中堅も関係ありません」
ヒールの踵をグッと床に踏み込んで、真っ直ぐに部下たちを見渡した。
「全員が自分の仕事には責任を持って欲しい。それでも、」
ふっと肩の力を抜き、改めて前を向く。
「私も皆さんも人間です。ミスから逃れることはできません。その時は、お互いフォローし合いましょう。結果として大きなミスにしないこと。それが大事なことです。そして、ミスを恐れず、より良い仕事をしていきましょう。よろしくお願いします」
機敏に頭を下げると、拍手が聞こえた。
これまで自分の中に積み上げてきたものを出せるだろうか。
いや、出さなければならない。
そのために、ここまで来たのだから。
その日の終業時刻後、すぐに丸山がやって来た。
「中野さん……あ、もう、中野課長ですね」
「久しぶり、元気だった?」
三年前よりずっと精悍な顔立ちになっている。大人の男になっていた。
「はい。おかげさまでバリバリやってますよ。今、アジア圏でのエネルギー投資関係のプロジェクトやってます。今度は補佐ではないですからね」
「丸山君ならできるよ」
あの頃も元からある能力は高かった。その能力を自分のためだけに使うのではなく広い視野を持つようになった彼なら、当然頭角を表していくだろう。
「今度、中野課長の帰国慰労会をしますので、そのお知らせを持ってきました。この日なんですが、ご都合はいかがですか?」
藤原さんが言っていたことか――。
「うん、大丈夫です。忙しいのに企画してくれてありがとう」
「いえいえ。中野さんの帰国祝いを企画するなら、俺しかいないと勝手に思って好きにやってるんで」
「ありがとう」
丸山には、九条とのことを悟られていた。
そのことを思い出す。
「俺の独断と偏見で声を掛けていますんで。空気ぶち壊すような奴、たとえば田所さんとか、呼ばないんで安心してくださいね!」
「ちょ、ちょっと!」
腹黒そうな笑みを浮かべて、「じゃあ、よろしくお願いします」と勢いよく頭を下げて行った。
慰労会――。
自分も、新入社員の時参加した。九条の帰国祝いだった。
八年前の九条と同じ立場になった。