冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「――だって。もう、こっちがイライラしちゃって見てらんなくてさ」
事の真相を確かめるべく美琴に事情聴取してみたら、あっけらかんとした答えが返ってきた。
「そんな私に共感してくれた同士がいたから、ここは一つ手を打ちますかってことになったの。藤原さんも言ってたわ。手のかかる男だって。あんな冷酷そうな顔して、意外と臆病なのね」
そう言って笑う美琴に聞く。
「どうして藤原さんと?」
「麻子の慰労会の日。藤原さんと麻子のやりとり、たまたま聞いてて。それで、藤原さんとその日に『あの二人はどうしようもない』って話になったわけ」
なるほど……。
「――で? うまく、まとまったわけ?」
腕を組んで偉そうな顔をしながら、こちらの顔を覗き込んで来る。
「う、うん。まあ……はい」
なんとなく、恥ずかしくて目を泳がせてしまう。
「あらあら〜。そうなんだ〜。良かった良かった」
ニヤニヤとした顔で見つめてくるから美琴から顔を逸らした。
「本当に、」
かと思ったら、少し真面目になった声が耳に届く。
「良かった」
美琴に視線を向けると、心から嬉しそうな目をして麻子を見ていた。
「遠回りしたけど、時間もかかったけど、ちゃんとハッピーエンドになった。麻子と九条さんには縁があると思った私の直感はやっぱり間違ってなかった」
「……ありがとう、美琴」
この先、また何があるかはわからないけれど、九条のそばにいるという決意だけはもう変わらない。
一週間経った金曜日。この日、九条から時間を取ってほしいと言われていた。
仕事を終えてオフィスを出た直後、九条から電話がかかってきた。
(すまない。急な仕事が入って出られなくなった)
「わかりました。それなら、会うのは明日でも――」
(いや。どうしても今日がいい。遅くなるかもしれないが、君の家に行ってもいいか?)
どうしたのだろう。
何か急ぎの話でもあるのだろうか――。
珍しく食い下がってくる九条に驚く。
「それは構いませんが、でも、無理しないで」
(無理じゃない、わがままだよ。君にどうしても会いたいだけだ)
そんなストレートに言われると、言葉に詰まる。
「わ、わかりました。じゃあ、待ってます」
お互いに本心を曝け出した日からちょうど一週間。麻子も早く九条に会いたいと思っていたから、最高に嬉しいわがままだ。
家で待っている間もなぜか落ち着かなくて、意味もなくキッチンとリビングダイニングをうろうしていた。
22時を過ぎた頃、ようやくインターホンが鳴る。
「お疲れ様です」
「――遅くにすまない」
玄関のドアを開けたら、スーツ姿の九条が現れた。
「ううん、ただ部屋で待ってただけですから。それより、中に入ってください。疲れてるでしょ?」
そう言って部屋へと促しても、何故か九条は動かない。
「……どうしたんですか?」
その姿は、どこかいつもと違う。視線は合わないし、なんとなく肩に力が入っているようにも見える。
「入らないの……?」
ゆっくりしていくつもりはなかったのだろうか――?
押し黙ったままの九条に途端に不安になる。
「麻子!」
今度は、思い詰めたような声が飛んで来た。
「は、はい」
「麻子」
「はい?」
突然腕を掴まれ、驚いて九条を見上げる。
「俺と、」
「はい」
腕を掴まれている手に、更にグッと力が込められる。
「結婚、してくれないか」
――え?
この瞬間、この玄関先という場所で、まったく頭になかった言葉を吐かれて時が止まる。