冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「え……えっ? な、何ですか?」
次の瞬間、聞き間違いだと思って聞き直した。
「プロポーズだ。俺と結婚してほしいとお願いに来た」
聞き間違いではなかったみたいだ。
一週間前、確かに想いを認め合った。だから、それはこの先の未来にあり得るものにはなった。
でも、でもだ。
こんなにすぐだと誰が思うだろう。
「麻子……?」
緊張した面持ちで見つめられて我に返る。
「すみません、あまりにびっくりして。こんなに早く言ってもらえるとは思わなかったから」
「君の気持ちがどこかに行ってしまわないうちに、少しでも早く俺のものにしてしまいたかった」
「それで、今日、来てくれたの……?」
どうしても今日会いたいというのは、このためだったのか。
「この一週間ですら、居ても立っても居られなかった。一度心を決めたら、もう少しも待てなかったんだ」
ようやく現実のものとして理解し始めて、頭と心が働き始める。
「麻子、返事は? イエスと言ってくれ」
その、切実な眼差しに心が震えた。
「もちろんです。私と結婚してく――」
「麻子……っ」
答えを言い終わらないうちに抱きしめられる。
「ありがとう、麻子」
「私の方こそ、プロポーズしてくれてありがとうございます」
九条が、ひとしきり抱きしめた後身体を離すと、四角い箱から指輪を取り出した。ダイヤモンドが真ん中で輝く。
「指輪も、準備してくれたんですか……?」
この一週間のうちに準備してくれていたのか?
「本当は、先週プロポーズしてしまいたかったんだ。でも、やっぱり君にちゃんと指輪を渡したいと思った」
麻子の左手を取り、薬指に指輪を滑らせた。
「……すごく、素敵です。本当に嬉しい」
感極まってそんな言葉しか出て来ない。
「二人で、家族になろう」
その言葉が胸に染み込んで、涙を溢れさせる
「私ではあなたに温かい家庭を作ってあげらないって落ち込んだこともある」
すみれと相対した時、自分にはないものばかりが炙り出されて、絶望的な気持ちになった。
「でも、温かい家庭を知らない私たちだからこそ、二人で大切に出来ると今なら思うんです。あなたと家族を作りたい」
九条のレンズ越しの眼差しが優しく細められる。
「君がいいんだ。君と二人で生きて行きたい。孤独だった俺にそう思わせてくれてありがとう」
もう一度抱きしめられて、広い背中に腕を回した。
その胸の中で呟く。
「……ここ、玄関先ですね」
「ごめん。まるで余裕がなかった。人生で一番緊張した」
抱きしめ合いながら二人で笑う。