冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
翌日、二人でたくさん話をした。
「――返そうとしたお金。どうせ二人のものになるからって、結婚することを意味してたんですか?」
そう問いかけたら、九条がにこりと笑った。
「だから言っただろう? すぐにでもプロポーズしたかったんだって。その金は、君に持っていて欲しい」
「そういうわけには――」
「俺が困ったときに、今度は君に助けてもらうから」
冗談めかしたようにそう言った後、少し間を置いて再び口を開く。
「近々、関連会社に行くつもりだ」
「……どういうことですか?」
「昨日、社長室に行って来た」
「社長って……」
河北社長――。
河北は、一年前に副社長から社長に就任していた。
「それって、責任を取るということ?」
「責任……俺にとっては少し違うかな」
ソファに並んで座っていた麻子を自分の肩へと抱き寄せた。
「俺は丸菱を辞めようと思った。どこでも働くことはできる。俺にとってそれはたいしたことではない」
社長の娘であるすみれは、結局、丸菱を辞めたと聞いた。そして、今も独り身であるとも。
それを考えると、私たちが結婚して二人ともが丸菱に残れば、社長は面白くないだろう。拓也さんは、自分が辞めることで社長の気持ちを収めようとした。私の地位を守るため――。
「だが、かなり強く引き止められてしまった」
それはそうだろう。九条ほどの人材をみすみす他社に取られたくないに決まっている。
「君とのことも社長には話した。その上で、今後うちが力を入れたい分野の関連会社に行ってくれという話があった。その話を受け入れることにした。かなり重要な仕事だ。決して飛ばされるといった類のものじゃないから」
安心させるためなのか、落ち着いた声で諭すようにそう口にした。
この短い期間に、九条はそこまで考えてプロポーズしてくれたのだ。
「社長には、君とのことをきちんと話しておきたかった」
「ありがとうございます」
なんと言えばいいのかわからなくて、結局そんな言葉しか出てこなかった。
「さっき言ったこと忘れたのか? 麻子といられるなら他のことはどうでもいい」
「でも、私は、このままでいいのかな」
九条が視線を合わせるように身を屈める。
「いいに決まっているだろう? もう俺たちは他人じゃない。夫婦になるんだ。二人で解決する。その最善策がこれだ。それに、君だって楽じゃないぞ?」
大きな手のひらが麻子の頭にふわりとのった。
「課長になったんだ。これまで以上に成果を出さないと、何を言われるかわからない」
「そうですね」
せっかく九条が守り、整えてくれた環境だ。そこでしっかり頑張ることが自分のやるべきことだろう。
「……でも。辛くなったら、いつでも弱音を吐けよ? 君は無理に根性で乗り切ろうとするところがあるから。逃げたくなったら、いつでも俺に寄りかかれ」
「はい」
「俺も、頼りになる夫になるよう努力する」
九条の胸に頬を寄せた。これから先、ずっとそばにいてくれるのだと実感したい。
「今でも十分、頼りになります」
これまでの人生、母親が死んでから、ずっと一人だった。迷わず心から頼れる存在はいなかった。
でもこれからは。もう一人じゃない――。