冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
祖父と伯父が、既に日本酒を開けて飲んでいた。
「おお、麻子。今日はおまえに色々言っておきたいことがあんだ。ここに座れ」
「はい。これ、お弁当ですので食べてください」
弁当を配り、言われた通り腰掛ける。
「おまえの母親の法要は今回で終わりだ」
「はい。これまで、本当にお世話になりました」
七回忌はしていない。最後に今回法要をすることにしたと治郎から連絡があったのだ。
「言葉ではなんとでも言えるよなぁ。おまえは、本当に感謝してんのか?」
短時間でどれだけ飲んだのか。明らかに素面ではない。
「自分だけで立派になりましたみてーな顔しやがって。生意気なんだよ。何が東京だ。商社だ。ふざけるな」
田舎者の僻みだろうか。
くだらない。
その生意気な姪に毎月仕送りしてもらっているのは誰だ。気に食わない姪に自分の娘を押し付けているのは誰だ。
「どれだけご立派な会社に勤めていようが、おまえの母親が、家族中に迷惑をかけ続けたあばずれだって事実は変わんねーんだ」
だからここに来るのは嫌だった。この家を出てからずっと帰って来たくなかったのだ。
「家族の反対を押し切って、碌でもねーヤクザ男と勝手に一緒になって。無計画にお前をみごもって。ほら、みたことか。おまえの顔を見ることすらしねーで消えやがった。一族の恥晒しもいいとこだ」
「お父さん、久しぶりに会ったのにやめなさいよ」
伯母の敦子が笑顔で治郎を止めながら、言い放った。
「麻子ちゃんにも真代さんの血が流れてるんだから。自分の母親のことなんて、きちんと認識してるわよ。蛙の子は蛙でしょう?」
飛び交う言葉を受け止めながら正座する。ただ耐えていればいい。聞き逃していればいいのだ。
「あんなバカ娘はもう家族でもなんでもない。縁を切ったのに、勝手に死んで麻子を残して。死んでまで家族に迷惑をかけやがる」
祖父の言葉もただ聞き流せばいい。
――自分という存在が親族にとって面倒で迷惑なものだった。
そんなこと母親が死んだ時から分かっていたことだ。今さら傷つくようなことではない。
「治郎は立派だよ。迷惑ばかりかけられてきた妹の子を立派に育てたんだから」
「仕方ねーよ。出来の悪い妹が生まれたのは運命みたいなもんだ。どんなに腹立っても受け入れるしかなかっただろ? 父さんも母さんも、麻子を育てる余裕なんてなかったんだから」
そう言って、大きい声で治郎が笑った。
「あんな奴、最初から生まれて来なければよかったのになぁ」
膝の上で握りしめていた手の甲が真っ白になる。
怒るようなことじゃない。どうってことない。そう言われて当然――。
「……そんなこと、最後の法要の日に言わなくてもいいんじゃないですか?」
なのに、麻子はそう言葉にしてしまっていた。