冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜

 沸き起こる感情が、怒りなのか、悲しみなのか、諦めなのか、呆れなのか、自分で自分が分からなかった。

身体的にも生理的にも受け入れられず、思わず吐きそうになる。

「どうして、麻子が帰って来るんだよ。話が違うじゃないか」

慌てふためきながら毛布を下半身に巻き付け結愛を責める祐介が、どうしようもないほどに情けない男に見えた。

「そうだっけ……?」
 
それとは逆に、結愛は全く悪びれた様子もない。こうなることを計算の上で祐介を呼んだのだろう。

全く気づかない間に、二人は身体の関係を持っていた。それだけは事実だ。

もう、何も視界に入れたくない。

「私が帰って来るまでに、二人とも出て行って」
「麻子、俺は――」

祐介が、結愛を抱いた手をこちらに伸ばした。

「これ以上、私を失望させないで!」

何の弁解も聞きたくない。この状況にどんな言い訳が通用すると思っているのだろうか。

喉元を圧迫するものを堪えながら、アパートを飛び出した。

 自分の家なのに逃げ出して。育ててもらった家からも逃げ出して。いつも逃げてばかりだ。

今度はどこに逃げようか――。

いつもは節約ばかりしているくせに、タクシーに飛び乗った。自分の家が23区の外れだとか、一体運賃はいくらするんだとか。一ヶ月の収入のうちいくら自由になるかとか、もう何もかもどうでも良くなった。
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