冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
部屋の明かりをつけようとして、一瞬躊躇う。
ほんの数時間前、この部屋であの二人が抱き合っていた――。
そう思うと、この部屋にいるだけで耐えられなくなりそうになる。
仕方なくつけた和室の明かりが部屋全体を照らした。
晒された乱雑なベッド。そこから思わず目を逸らした。もうそのベッドで眠ることもできないし、触れたくもない。
深夜にも関わらず、窓という窓を全て開け放った。今すぐにこの部屋の空気を入れ替えたい。込み上げて来た嫌悪を懸命に外へと吐き出す。
夜空に浮かぶ月を眺める。あと少しで今日も終わる。日付が変わる今、母親に思いを向ける。
私の人生、苦しいことばっかりだったよ――。
今も、苦しいことからは逃れられない。傷つけられることから解放されることはない。
でも、こうして生きている以上、踏ん張って生きて行くしかないんだよね。
お母さん――。
空を見上げながら目を閉じて、思い返すことさえなかった母親の顔を瞼の裏に浮かべる。
部屋の片隅で丸まって眠った。
翌日の朝、一番にしたことはベッドを解体することだった。マットレスも枕も毛布も全てを処分する。
ちょうど日曜日で休みだ。すぐに買い物に出かけた。出費は痛かったが、新しいベッドと毛布、枕を買い揃えた。
昼過ぎ、買い物を一通り終えて、テラス席で休憩する。あれからずっと見ていないスマホを取り出した。ディスプレイには、何のメッセージも着信履歴もない。
それが祐介の答えだ。
この一年過ごして来た時間は、ただそれだけのものだった。
祐介にとって私は、こんな風に簡単に裏切ることのできる存在だった――。
心に残る感情は虚しさだった。
それは、祐介を失った悲しさとは違うのかな。
分からない。
何故か、不意に写真が投げ込まれたみたいに、ふっと九条の眼差しが浮かぶ。
何で――。
ただあの顔を思い浮かべただけで、心拍数が上がる。そんな自分に、後ろめたさと戸惑いを感じた。
違う。そんなの、違うから。
そんなの、あまりに軽薄すぎる。
ふるふると頭を横に振り、おかしな思考に引きずられそうな自分を吹き飛ばす。
夕方、買い物から帰ると、部屋に結愛がいた。