冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「私が見たものがすべてでしょ? 何を言うことがある? 祐介が裏切った瞬間に私たちは終わったんだよ」
「……ホント、そういうとこだよ」
腕を組み、祐介が溜息を吐いた。
「泣くわけでもすがるわけでもない。麻子はいつでも毅然として強くてカッコいいよ。でもずっと、麻子といると自分が出来損ないみたいに思えて辛かった」
「……何それ」
裏切った張本人が、どうして辛いなどと言えるのか。
「大手商社でバリバリ働いて、世界飛び回ってでっかい仕事して。それに比べて俺は、ただの市役所職員。差を見せつけられてるみたいで、自分がどうしようもなくちっぽけな男に感じた。その点結愛は、俺のこと凄い凄いって立ててくれて」
"麻子、本当にかっこいいな。尊敬する。"
あの言葉は、どこに行ったのか。
「俺を頼りにして甘えてくれる。そんな結愛が可愛いんだ。麻子は違うだろ? 俺に甘えたことなんてない」
「……もう、いいよ。分かった」
アスファルトを踏み締める。
甘える。その方法が分からない。ずっと許されて来なかったから甘え方を知らないのだ。
「俺は麻子に謝らないよ。だって、麻子も俺のこと好きじゃなかったろ? 好きだと言ったことも一度もない。あんなとこ見ても泣きもしないのが何よりの証拠だ」
祐介が麻子に近づき真正面に立った。
「なんか、いつも。"付き合ってもらってる"って感じだった。じゃあ、さよなら」
そう一方的に告げると、麻子の前から立ち去った。
一人残された夜道。
祐介と過ごした一年は、一体何だったのかな……。
虚しいほどに、その答えが見つけられない。