冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
初めて足を踏み入れた、九条の家のバスルーム。どうしたって緊張する。誰も見ていないのに、恐る恐る服を脱ぎ、静かにドラム式の洗濯乾燥機にスーツ以外の自分の服を入れ、タッチパネルを操作した。
何に触れるにも何をするにも、ただただ緊張する。
とりあえずシャワーの蛇口と思われるものをひねる。外国製なのか、よくわからない中で操作したが、お湯が出てきたから助かった。
とにかく落ち着かない。しぶきを浴びながら、頭の中はいろんなことがぐるぐると駆け巡っていた。
課長は、このあと私とどうするつもりだろう?
私と、付き合うってことなのか……いやいや、そんなこと有り得ない。
じゃあ、この状況は何?
課長を好きだと言った。
そうしたら課長が私を抱きしめた――。
自分で自分の身体を抱きしめる。九条に抱きしめられたあの感触を思い出すだけで、胸がいっぱいになる。
あの人のことが好きだ。それだけは間違いない。
顔を勢いよく洗ってシャワーの蛇口を止めた。
「……あ、あの、課長……」
バスローブの胸元をぎゅっと握りしめながら、そろりとリビングへと戻って来た。
「ああ、出たか。何か飲むか?」
「じゃあ、お水をお願いします」
九条は、スーツのジャケットを脱いだベスト姿だった。ネクタイはまだきっちりと締められている。
キッチンで冷蔵庫を開けている後ろ姿を見て、勝手にソファに座るのも違う気がしてそのまま立って待つことにした。
「座って」
こちらへとグラスを持って九条が来ると、ソファに座るよう促した。
「は、はい」
自分はバスローブ姿なのに九条はまだ部屋着にも着替えていない。余計に恥ずかしくなってくる。
「もう遅い。それを飲んだら、寝た方がいい」
「え……っ」
思わず声を上げてしまった。確かに、もう少しで日付けが変わろうとしている。
コーナーソファの麻子の斜め隣に九条が座り、労るような目を向けて来た。
「今日は、疲れただろう」
どこかがっかりしている自分がいて、心の中で苦笑する。