冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
少しでも九条と過ごしたくてできる限りゆっくりと水を飲んだけれど、グラス一杯の水などほんの数分で飲み干してしまう。
言葉通り、空になったグラスを返すと九条が自分の寝室へと麻子を連れて来た。
「課長のベッドを使わせていただくなんて、申し訳ないです!」
「だったらどこで寝るんだ」
「ソファとか、何ならその辺の床にでも」
「何を言ってるんだ。いいから、さっさとベッドに入れ」
九条に肩を掴まれ、無理やりベッドの中に押し込まれた。
課長がいつも寝ているベッド――。
そう意識すると、全身が敏感になって眠気なんてどこかに吹っ飛んでしまう。
「これでは課長が寝る場所がなくなってしまうのでは……」
「そんなこと、気にしなくていい。このベッドで一緒に寝かせてもらうから」
「えっ?」
肌触りのいいグレーの薄い掛け布団から顔を出して九条を見上げる。
「このベッド、一応ダブルだから。二人で寝ても狭すぎるということはないと思うけど。何か問題か?」
「……い、いえ。問題ないです」
何てことないことのように言われて、意識しているのは自分だけなのだと知る。
「そんな顔するな。私はまだ寝られないから、緊張せずに寝ていればいい」
九条が腰掛け、マットレスが軋んだ。その音と共にベッド脇の灯りが消える。部屋は薄暗くなり、寝室の窓の向こうの夜の明かりで部屋を照らした。
すぐ横に座る九条が麻子を見下ろした。その表情を月あかりで浮かび上がらせる。
「……今日の接待の件だが、何も気に病む必要はないから」
いつもの無表情ではなく柔らかな眼差しに、胸が甘く疼いた。
「あの常務が問題がある人間だということはわかっていた。既に手は打ってある」
「それは……」
「ブライトン社の副社長とは、個人的に知り合いで。久留米常務が好き勝手できないように副社長に話をつけておいた。それに、」
九条の身体が僅かに麻子に近づく。
「私が失敗などさせない」
そう断言した。
「ブライトンもバカじゃない。あの案件をみすみす捨てるわけがない。それだけの提案をしているんだからな。君も知ってるだろ?」
「……はい」
そうだ。九条が構築したビジネスモデル。麻子自身もそれがどれだけ有益なものか身をもって理解していた。それを改めて思い出す。