冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「少しは安心した?」
「はい。少しどころじゃないです。十分に安心しました」
「なら、もう眠れそうか?」
薄暗いからこそ際立つ声。低くて艶やかな、仕事の時に聞く声と違う甘い声に、ドキドキと胸がうるさく鳴る。
「あの……もう一つだけ、聞いてもいいですか?」
「なんだ」
どうしても確認しておきたいことだ。今なら聞けそうな気がした。
「課長が副社長のお嬢様とお見合いをすると噂を聞いたんです。その方とは……」
「ああ……」
思い切って言葉にすると、九条がふっと息を吐き麻子を見つめた。
「見合いはしていない。副社長から彼女を紹介されはしたが、特別な関係ではない。この先も見合いする気はないから、安心しろ」
「よかった……」
思わず大きく息を吐くように呟いてしまった。
その時、手のひらがふわりと麻子の頭に舞い降りて来た。その大きな手のひらが優しく撫でる。
温度なんてないように見えていた九条の目に、ほんの少しだけ温かさを感じた。
「君は強がってはいたが、あんな男に触れられて、嫌な思いをしただろう」
髪に触れる手のひらの温もりに無性に泣きたくなる。
「これからは、あんなことに耐えたりするな。女であることを武器にしなくても勝負できるようになるんだ」
「はい」
はっきりと答えると、九条が頭に置いていた手のひらを頬へと滑らせた。麻子の頬を包み込むように触れる。
「それに。君が他の男に触れられるのをこれ以上見たくはない」
九条の指が麻子の目元に移り、ゆっくりとその瞼を閉じさせた。
「……今日は、何も考えずに寝てしまえ」
「はい。おやすみなさい」
閉じた瞼に「おやすみ」と声が落ちて来ても、麻子が眠りにつくまでそこから離れないでいてくれた。