冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
そうして迎えた月曜日。九条が出勤してくるまでの時間、一人ソワソワとして落ち着かなかった。
"普通に普通に。いつも通りで"
そう呪文のように念じ続けて早一時間だ。
「中野さん、今日はなんか眉間に皺寄ってますけど」
隣から丸山の声がする。
「そう? 気のせいじゃないかな」
「いや、真正面の席にいる俺からもそう見える」
田所にまで指摘された。
「気のせいです」
一体どんな表情になっているのか。これだけ指摘されたら不安になる。こんなことで、九条の前に出て行ったら一体どうなるのか――。
「――課長、おはようございます」
「おはようございます」
フロア内に起きたその声に釣られて、九条を見てしまった。
自分の席に向かって颯爽と歩く姿に、反射のように胸がときめく。そんな自分に気づいてすぐにパソコンのキーボードに視線を落とした。必要以上に見ない。これしかない。
自分と課長。物理的距離以上に遠い。こうして会社で九条の姿を見ると、振り出しに戻ってしまいそうになる。
「――中野さん」
その時、まさにその九条から呼ばれ、分かりやす過ぎるほどに肩を上げてしまった。
「は、はい」
仕事だ。緊張やら躊躇やらしている場合じゃない。すぐに課長席へと向かう。
「なんでしょうか」
「一時間後にブライトン社の副社長と川田専務が来る。こちら側の出席者は坂田部長と私と君だ。会議室を準備してくれ」
「担当は久留米常務では?」
担当常務は、あの久留米のはずだ。
「担当を外れたとのことだ。新たに川田専務が担当されるから、こちらとの顔合わせといったところだろう」
「え……?」
久留米常務が外されたって……。
「会議室を取ったら、部屋番号をすぐに教えてくれ」
探るように九条の目を見ても、何の感情も浮かべていない。ただ淡々と指示を出すだけだ。いつもと何も変わらない九条がそこにいた。