冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
約束の時間通りブライトン社の人間がやって来た。
「先日は、久留米が失礼をして申し訳なかった」
挨拶もそこそこに、ブライトン社の副社長が頭を下げた。
「そんな、やめてください。酒の席でのことですから。うちの中野も気にしていません」
それを見た坂田が慌てふためく。
「このご時世、即アウトの行為だ。我が社の名に傷がついてもおかしくない。それを穏便に済ませていただいたことに感謝している」
「こちらこそ、すぐに対処していただき感謝致します」
副社長と九条のやり取りに、坂田が苦々しい表情をした。
「中野さん、不快な思いをさせて申し訳なかった。どうか、今後ともよろしく頼むよ」
「はい、こちらこそよろしくお願い致します」
麻子に視線が移り、麻子もすぐに頭を下げた。
結局この席は、ブライトン側の謝罪とこの案件を進めたいという意向を示すための席だったのだと、終わってから分かった。
「――九条君。一体、どんな手を使ったんだ?」
ブライトン社の人間を見送った後、坂田が九条を見上げるように睨んだ。
「どんな手も何もありませんが。事の経緯をありのまま報告しただけです。あとは、あちら側が判断したもの。その判断は真っ当なものだと思いますが?」
九条がひやりとした目で、坂田を見下ろした。
「久留米常務にあんな無礼を働いておいて、担当を外させた挙句、案件もうちが優位に進められるようにした。さすがだな」
「とんでもありません」
それは明らかに皮肉めいた言い方だ。けれど九条はまったく意を介さない。
「久留米常務がどういう人間か分かっていながら、中野を同席させると最終的に判断した私のミスです。もし中野がいなければ、久留米常務もこのようなことにはなっていなかったでしょう」
「な……っ」
坂田は声を上げようとして言葉を飲み込む。麻子に接待に同行するよう指示したのは坂田だ。
「今はハラスメントには厳しい時代です。まずは管理職の私たちから気をつけないと、社員に示しがつかない。簡単に足元を掬われる」
おそらく坂田に釘を刺すために言っている。
坂田部長の怒りの矛先が私に来ないように……。
言葉少なに答えると、坂田はすぐに立ち去った。
「課長、ありがとうございました。それと、申し訳ございませんでした」
「何がだ?」
「私がもう少しうまく対処していればよかったんです。それなのに――」
「君は何か悪いことをしたのか?」
九条の厳しい目が飛んで来た。
「言ったはずだ。提案が唯一無二のものであれば、何があっても相手はこちらを切り捨てない。だから内容で勝負する。それを肝に銘じておけ」
そう言うと、九条はすぐに麻子に背を向けた。