冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜


 心待ちにしていた水曜日も、仕事に追われていたらすぐに来た。

「……なんか、今日、いつもと雰囲気違いません?」

朝、出勤して来るなり丸山が言う。

「そんなことないですけど」
「服装か? いや、服装だけじゃない。なんだろ、全体的に雰囲気が――」
「大していつもと変わりないし、そんなのどうだっていいから。今日も朝からやること目白押しだよ。仕事仕事」

まじまじと見られて、丸山を牽制するように捲し立てた。
 九条と夜に会う。気を遣ってしまうに決まっている。
 いつもなら、リクルートスーツとなんら変わらないパンツスーツに、普通のシャツを着ているだけのスタイル。美琴に『就活生?』とよく言われる。

 でも、九条の隣に立ち、そして二人で夕食を食べるのだ。そんな格好でいいわけない。

 スーツはスーツでも、パンツではなくスカートにして、インナーをノースリーブのブラウスに変えた。決して可愛らしい感じではなく、シフォン生地にリボンタイが大人っぽいデザイン。
 さりげなくジャケットを脱げば、そこそこ女っぷりを格上げできるのではないかと、かなり頑張って来た。

 宣言通り、超高速で仕事をした。入社して何度目かの定時退社。約束の時間が近づくごとに緊張と胸の高まりが大きくなる。

 身なりの最終チェックのために女子トイレに入った。そこは、定時直後の女子トイレは、先客で溢れていた。

「――今日の相手、どこ?」
「他業種。手堅い警察官僚」
「いいねぇ」

鏡の前で女子社員たちが自分の顔を見つめるのに必死だ。麻子はこの時間帯にトイレに来ることがあまりない。

なんとなく肩身が狭くて、端の方で小さくなりながらメイク直しをしようとした。

「そうそう、今日ね、うちの課に九条さんが来たんだけど――」

思わず会話の主を見ようとして止める。耳だけに神経を集め会話を聞く。

「ほんと、いい男だよね。ほら。あの人、一見商社マンぽくないでしょう? チャラそうに見えないし。そこがたまらなくイイ」
「あー分かる。もう、飲み会に命燃やして遊んでるアピールの男はお腹いっぱい。最後に捕まえるなら絶対九条さん」

それは、ダメです!

思わず心の中で叫ぶ。

「酒に頼らず実力だけで仕事を取ってくる。かっこいいよね。他の人も少しは見習えばいいのに」
「それが出来ないから宴会芸に頼ってんでしょ?」
「どうにか接点もてないかな」
「厳しそう。ガード固そうだしね」

ここにいる女性たちは、おそらく管理部の人たちだ。あの冷酷ぶりを間近で見ていない。だからそんなことを言えるのだ。

でも、そんな話を聞けば、不安になるし心配にもなる。

< 78 / 252 >

この作品をシェア

pagetop