冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「課長?」
「ああ……。料理は、口に合うか?」
「はい。とっても美味しいです」
テーブルマナーだけは学んでおいてよかった。
「お店も、大人の雰囲気ですごく素敵ですね」
「以前、一度だけ来たことがあって。君の家からも近いからここにしたんだ」
やっぱり、来たことがあるんだ……。
その言葉が、重くズシンと胸に響く。
「そう、ですか……。それにしても、課長はこれまで女性にモテてきたんでしょうね。今日も、女子社員の間で課長の話題が出ていました……」
しまった。
人間、考えていたことはついぽろっと出てしまうのものなのか。本当にこの口は余計なことばかりをいう。
「それで、この店にも他の女性と来たんじゃないかと思った?」
「……そう、ですね。そんなことをチラッと思ったり、しました」
九条が話に乗ってきてしまった。こうなったらヤケだ。
「課長は、女性にモテます、よね?」
「それを聞いてどうするんだ?」
どうしよう。
不安が膨らむ。
「……もし、モテているんなら、少しでも私を見てもらえるように頑張るしかないです」
頑張ったからと言って、どうにかなることなのか?
「それは楽しみだな」
九条がふっと笑った。
「ということは、やっぱりモテるんですね? 百戦錬磨、とか?」
「まあ、私も一応30を過ぎてるからな。それなりに」
「それなり……」
「聞きたいのか?」
「い、いえ! 結構です!!」
手のひらを九条の前に差し出し遮った。
「聞いたら、絶対に落ち込むに決まっていますので。私は私で勝手に頑張ります!」
「自分で聞いておいておかしな人だな。まあ、君がどんな風に頑張ってくれるのか、楽しみにしているよ」
また、そうやって余裕の表情で。
課長の余裕のない顔を見たいと言ったら、課長は何て言うだろう?
きっと、それすら、大人の余裕で交わすんだろう。