狂愛メランコリー
第六章 兆候

第16話


 長い長い、悪夢を見ていたような気がする。

 不意に、けたたましい音が聞こえた。

「ん……」

 夢から(うつつ)へ、意識が明瞭化していくと、それはアラームの音だと気が付いた。

 何だか頭が痛い。

 鳴り響くアラームがそれを助長させる。

 画面をタップして停止させると、ロック画面を見た。
 4月28日。午前7時半。

 ごろんと寝返りをうつ。

(もう少し……)

 再びうつらうつらとしたとき、今度は着信音が鳴った。

 もぞ、と布団から手を伸ばし、応答する。

『菜乃、おはよう。起きてる?』

「理人……。起きてるよ」

『どうせまだベッドにいるんでしょ』

 からかうように笑う理人。

 なぜ分かったのだろう。

 ふあ、とあくびをする。

「理人が来るまで寝てる」

『だーめ。遅刻するよ? 僕もう家出たから、そろそろ準備して』

「はーい……」

 気のない返事を返しつつ通話を終えると、重たい身体を起こした。

 寝ぼけ眼で支度を整えていく。

 寝起きだからだと思っていた頭痛は、朝食を終えた頃にもおさまらなかった。

(何だろう? 風邪ひいたかな?)

 でも、熱はないし何だかそういう感じじゃない。

 頭の芯の方から響くような────それでいて、空洞を吹き抜ける風みたいな虚しさを感じる。

 何だろう?

 大切な何かを失ってしまったかのような、この喪失感は……。

 どことなくもやもやしながら玄関のドアを開ける。

 門の向こうに理人を見つけ、慌てて駆け寄った。

「あ、待たせちゃってごめん! おはよう、理人」

「全然大丈夫だよ。……お陰で確信出来た(、、、、、)し」

「え?」

「ううん、何でもない。行こうか」

 何だかいつもより、理人は嬉しそうに見えた。

 いいことでもあったのかな。



「…………」

 他愛もない会話を交わす傍ら、心の中のもやもやと頭の中の空洞が膨張していく。

 理人の顔を見ていると、余計に頭が痛くなった。

 それと同時に、今朝見た夢のことを思い出す。

 はっきりとは覚えていないけれど、誰かに殺される悪夢だった。

 痛くて、苦しくて、あまりに生々しかったから忘れられない。

「どうかした?」

「あ、ううん。大丈夫」

 咄嗟に首を横に振り、そんな自分の行動に困惑した。

 いつもだったら絶対、理人に話すだろうに、思い留まってしまった。

 なぜか、夢のことを彼に話す気にはなれない。

(理人じゃなくて、────くんに話して……)

 そこまで考え、はっとした。

 ぴた、と足が止まる。

(誰……?)
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