Melts in your mouth

ピュアピュアハートな男



私何でこんな場所に来てんだろ。あいつらしい小洒落たマンションの前で足を止めた私は、ふと我に返って踵を返そうとした。しかし己の両手に提げられた大きなレジ袋に大量に入っている品物を視界に捉えて、引き返す事を思いとどまった。


乳白色の袋から透けて顔を見せているのは、果物たくさんゼリーやウィダーインゼリー。それからカロリーメイトとポカリスウェット。更には比較的身体に優しいと思われるレトルトや冷凍食品という面々だ。



「あーあ、あんな話聞いたせいだ。」



誰にも届かない盛大な独り言が盛大に虚しくその場に溶ける。ぐしゃりと表情を崩した私の脳裏で再生されるのは、ついさっきまで一緒に仕事をしていた先生の放った一言だった。



「今日平野君から連絡が来たんですけど、殆どベッドから動けてないらしくて心配ですよね。いつもお世話になってるから何かしらお返ししたいんですが、丁重にお断りされちゃって…早く良くなってくれると良いなぁ。」



過労で酷使された己の肉体の心配をいの一番にした方が良いに決まっているのに、酷く案じている表情を浮かべて眉を八の字にした先生の言葉のせいで、無意識にスーパーに立ち寄ってしまっていたし、看病セットを買い物かごにぶち込んでレジを通していた。


因みに、解熱剤と冷えピタとアイスノンも買ってしまった。そして私の足が赴いた先にあったのが、目前に聳え立っている平野が住んでいるらしいマンションという訳だ。



どうして大嫌いな奴の住まいを私が知っているのかという疑念を抱いた人間が少なからずいるだろうし、変に誤解されたくないからしっかりと説明しておくのだが、私は別に平野のストーカーではないし、平野の情報を会社に保管されているであろう履歴書から盗んだ訳でもない。


別に尋ねてもいないし心底興味がなかったにも関わらず、あのお喋り平野が引っ越す度に新しい住所をメッセージアプリに送ってきやがるせいで、私はあいつの住んでいるマンションを知っているのだ。


世界一不要な情報に思われたあいつの住所が、まさかこんな形で役に立つ事になろうとは。


因みになのだが、あいつは引っ越す度に新しい住所と住んでいる階数、更には部屋番号まで教えてくる。だから私は、道に迷うこともなくここまで辿り着けたのだろう。



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