憧れのCEOは一途女子を愛でる
 なぜか朔也は大学を卒業したあとに別の女性と交際を始めたことがあったが、長くは続かなかった。忘れらない女性が心の中にいるのだから当然の結末だ。
 モテるくせに実は一途で、ずっとひとりの女性だけに愛情を注いでいる。両思いになれる相手と付き合えばいいのに、ほかの人ではダメなのだろう。

 本当に本気で好きなのだなと確信をしたのは五年前だった。失恋をしてボロボロになっていた伊地知さんを、朔也は必死に支えようとしていた。
 それは後輩としてではなく、ひとりの男として伊地知さんを心から愛しているのだと主張しているように見て取れた。
 だけど五年の月日が経った現在も、ふたりの関係は一向に進展していない。朔也は“脈なし”だと言ったが、そんなわけはないのに。

「伊地知さんはさ、俺なんか好きじゃない。だってお前のことは朝陽くんって呼ぶのに、俺はいつまで経っても“五十嵐くん”だぞ? 下の名前すら呼んでもらえないんだ」

「……は?」

 何年もずっとそのことを気にしていたのかと思うと、仰天して変な声が出た。
 コミュニケーション能力が高い朔也なら、下の名前で呼んでほしいとすぐに本人に言いそうなものだけれど、相手が意中の伊地知さんだとそうもいかなかったのだろうか。

「それ、もしかしたら朔也が思ってるのと逆の意味かもしれないぞ」

「逆って?」

「俺は伊地知さんがお前と距離を取ろうとしてるとは思えない。名字で呼ぶ理由は、下の名前で呼ぶと照れるからじゃないか?」

 伊地知さんは俺に対しては恋愛感情が一切ないから、ナチュラルに下の名前で呼べるのだろう。
 逆に朔也のことは異性として意識しているからうまく呼べないだけだと思う。伊地知さんの性格を考えたらそうに決まっている。
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