一晩だけのつもりだったのに、スパダリ専務の甘い手ほどきが終わりません……なぜ?
レッスン8.タイブレーク

「光莉ちゃん、頼んでた鈴木商事の概算見積ってもうできてる?」
「すみません、柳瀬さん。まだなのですぐに作ります」

 昨日、急ぎだと言われていたのに頼まれていた見積はまだ手が付けられていなかった。光莉は疲労による肩凝りをほぐそうと、ふうっと息を吐きだした。

「大丈夫?忙しいなら手伝おうか?」
「平気です」

 柳瀬の方が光莉よりも仕事量が多いのに、お願いするわけにはいかない。 
 船便の第一便、追加で送った第二便も先週上海に到着し、TAKIZAWA社内におけるプロジェクトチームは一旦解散となった。法人営業部に間借りしていた遊佐は上海に渡りホテルのオープンを見届けた後は、シンガポールに戻るそうだ。
 プロジェクトチームに専念するため、柳瀬が代ってくれていた通常業務に当たっていると、この八か月の出来事が幻のように思えた。
 瀧澤に別れを告げてから、心にぽっかりと穴が空いたようだ。
 キーボードのデリートキーみたいに、この気持ちもなかったことにできたらいいのに。
 失恋は時間が解決してくれるというが、斗真のことだって七年引きずったくらいだ。もう一生立ち直れる気がしない。

「出水さ~ん。またまた瀧澤専務がお呼びだよ~」
「……わかりました」

 部長から三度、瀧澤からの呼び出しを伝えられ、仕方なく席を立つ。
 プライベートなら会いたくないと断ることができても、会社で呼び出されると光莉に拒否権はない。
 プロジェクトチームが解散してから社内で顔を合わせることがなくなり、すっかり油断していた。

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