出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
「実乃莉ちゃん? 大丈夫? なんだったの?」

 おそらく深雪はずっと様子を見守ってくれていたのだろう。電話が終わるなり実乃莉の元へやってきた。

「それが……」

 まだ呆然としたまま受話器を置く。実乃莉は震える唇でさっきあったことの説明を始めたが、上手く言葉にできない。あまりにも自分の顔色が良くなかったのだろう。深雪は実乃莉を応接ソファに座らせると温かいお茶を淹れてきた。
 それを飲み気持ちを落ち着かせると、実乃莉は話し始める。隣には自分に寄り添うように深雪が座り、前に座る千佐都は心配そうに実乃莉を見ていた。

「――最後に……相手のかたがおっしゃったんです。ただでさえ最近いい噂を聞かないって……」

 一通りあったことを説明し、最後に実乃莉がそう言うと深雪と千佐都は顔を見合わせた。まるで何か知っている、といった様子だ。

「何か……あったんですか? 教えてください。お願いします」

 千佐都は深雪の顔を見て無言で頷く。そしてそれを受けた深雪が口を開いた。

「実は、私も昨日千佐都ちゃんから聞いたんだけど……」

 深雪はそう切り出すと話を続けた。

「どうも、うちが危ないらしいって業界内で出回ってるらしいの。千佐都ちゃんの旦那さん情報だから間違いないわ」

 千佐都の夫も同業者なのだろうかとそちらを向くと、尋ねる前に答えが返る。

「うちの夫は元SEで、今はバーのオーナーなんだけど、業界の人がよく来てくれるんだって。本当はお客さんから聞いた話を他にするのは良くないんだけど……。内容が内容だったから心配になって教えてくれたの。で、深雪さんに相談してたところ」

 千佐都が淡々と言い終わると、深雪は深い溜め息を吐き出した。

「ほんと、失礼しちゃうわ! うちの業績は上がってるし、支払いが滞ったことなんか一度もないのに。根も葉もない噂だけど、出どころが全く掴めないのよね」

 深雪はうんざりした様子でそう言い切る。それを聞いていた実乃莉は、痛いほど両手を握りしめると俯いた。

 婚約したのはやはり間違いだったのかも知れない。そう思うだけで胸が苦しくなる。けれどこのままにしておくわけにはいかない。このままでは、龍の大切な場所が被害を受ける一方なのだから。

「私の……せい、なんです……」

 震える手を握りながら、絞り出した声は掠れていた。

「実乃莉ちゃん? どうして……?」

 深雪は訝しげに実乃莉の顔を覗き込んだ。
 実乃莉は意を決して立ち上がり、自分の机からあの脅迫文を取り出すと深雪に差し出した。
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