出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
「このこと、龍には?」

 手紙を持ったままの深雪に尋ねられ、実乃莉はそれに無言で首を振った。

「私たちだけじゃ手に負えないわ。とりあえず、龍を呼びましょう? 早めに動いたほうがいいわね」

 深雪は実乃莉の返事を待たず、机に置いてある自分のスマートフォンを取りに行くと、その場で画面をタップし耳に当てた。
 ややあって、電話が繋がったのか深雪は話し始めた。

「龍、今いい? 話したいことがあるの。今すぐ会社に……」

 最初から難しい表情で会話をしていた深雪は、突然眉を顰めると声を上げた。

「なっ! どう言うこと?」

 険しい表情で慌てている深雪に、実乃莉は顔を曇らせそちらを見つめた。電話の向こうで龍が話しているのか、深雪は耳を傾けているが、表情は硬くなるばかりだ。

「こっちも色々あって! ちょっと! 待ってって!」

 唖然とした表情で深雪はスマートフォンを耳から離す。

「信じれない……。なんなの? いったい……」

 独り言のように呟く深雪に、千佐都が「何があったんですか?」と尋ねた。

「龍、今からしばらく出張で帰らないって……」
「出張? 皆上さんはどこに行かれたんですか?」

 深雪はまたソファに戻ると、大きなお腹に手を添えて座り込んだ。

「それが……。京都、だって。今はもう車で走ってるって……」

 自分の周りで何が起こっているのか、もう検討もつかない。このタイミングでの、今まで聞いたこともない遠方への急な出張。それがこの一件と繋がっているのかいないのかも。

「龍、助っ人呼んどいたから相談はその人にしろって。いったい誰のことなのよ!」

 怒りを露わにしながら深雪は言ったあと、ハッとして手に持っていたスマートフォンに視線を送る。

「まさか……」

 深雪が画面を操作し始めると同時に、会社のインターホンが鳴り始めた。

「私、出ますね」

 実乃莉は立ち上がると子機の受話器を上げる。小さなモニターに廊下の様子が映り、そこに前髪で隠れて表情が見えない男性が立っていた。

「株式会社Rです。どちら様でいらっしゃいますか?」

 実乃莉が呼びかけると、受話器の向こう側から電話の着信音が聞こえ、画面越しに相手がそれを確認しているのが見えた。

『すみません、突然。SSの澤野と言います。先に深雪に電話切るよう言ってもらえますか?』
「SSの……澤野様?」

 抑揚なく素っ気なく言う相手の名前を復唱すると、後ろで深雪が「えっ⁈ 早っ‼︎」と声が聞こえた。すると、向こう側の着信音も止まっていた。
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