出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 見えている部屋は、たくさんの机がお世辞にも整然とは言えない状態で置かれていた。窓際に向かっているものもあればフロアの中央に固まっているものもあった。
 その机には大きめのモニターが置かれ、それぞれパーテーションで区切られている。その机のところどころ人影が見えた。
 龍は前に立ち塞がるようにやってくるとパーテーションを軽く叩く。その音に気づいた一人がこちらに向かってきた。

「りょ〜さぁ〜ん」

 出てくるなり男は情け無い声を上げている。
 短髪の黒髪、着ているのは白に何か文字の書いてあるTシャツにブラックジーンズ。そんな姿の男は、映画に登場するゾンビなのかと思うくらい手をブラブラさせ、背中を丸くして体を揺らしながら向かってきた。

「なんだよ糸井(いとい)。死にそうになってるけど」
「そりゃなりますよぉ……。"アイツ"、潰しても潰してもなんで次から次へと湧いて出るんすか⁈ 俺への嫌がらせ? マジで終わんないですけどぉ!」
「ま、お疲れ。今は手伝えない。悪いな」

 最後は発狂しそうな勢いで糸井は叫んでいる。それを宥めるように龍は肩をポンポンと軽く叩いた。

(湧いてでる? 害虫駆除でもされてるの?)

 実乃莉は龍の向こうに見え隠れする男のあまりの勢いに圧倒されていた。

「なんでですかぁ! 龍さん、俺のために帰ってきたんじゃないの〜?」

 ガックリと肩を落とし落胆する糸井に龍はレジ袋を差し出した。

「なわけあるか。ちょっと野暮用だ。またすぐ出る。とりあえずお前は飯を食え。ほら」

 自分の持っていたものを糸井に持たせると、それを持った糸井は「重っ!」と重力に逆らえないとばかりに体を曲げた。

「他の奴らにも渡してやってくれよ。あとこっちもな」

 龍は振り返り実乃莉から袋を受け取るといったん中を探っている。

「へ〜い……」

 糸井が気の抜けた返事をしながら顔だけ上に向ける。

「ひょっ⁈」

 突然聞こえてきた、なんとも言えない情け無い声。それは糸井の口から漏れていた。
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