出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
 涼しい顔をしたまま龍が手を離すと、実乃莉はそっと手を引いた。まだその熱が、感触が、手に残っている気がして心拍数は増すばかりだった。

「他に言っておきたい条件はあるか? 俺からは……そうだな。もし、誰か結婚したい相手ができたら早めに言えよ?」
「そんな相手は……すぐにできるとは思えないです。皆上さんこそ、浮気じゃなく本気の相手ができれば教えてください」

 実乃莉が真剣な眼差しを向けると龍は苦笑いを浮かべる。

「……そうだな」

 龍が何を思っているのか実乃莉にわかるはずもない。けれど、それ以上深入りしてはいけない。そう思った。
 それからふと、龍が糸井としていた会話を思い出した。

「あ、あのっ、皆上さん。さっき……求人かけてるって糸井さんがおっしゃってましたが、どんな内容ですか?」
「ん? ああ。深雪……うちの事務関係を一手に引き受けてくれてるやつがいるんだが、元々短期間の予定でな。いい加減早く次を見つけろってせっつかれてるんだ。って言いながら、面接に来た相手を不採用にしてるのは全部あいつなんだが……」

 最後はうんざりした表情で龍は溜め息を吐いた。

(どうしよう……。でも、進まなきゃ何も始まらない……)

 実乃莉は意を決して龍を真っ直ぐに見上げる。

「そのお仕事、何か特別な資格は必要でしょうか? 私には……難しい、ですか?」

 龍は驚いたように少し目を開く。そしてそのまま答えた。

「いや? 特に資格は必要ない。簡単なパソコン操作ができれば。あんた、今仕事は? してないのか?」

 普通であれば大学を卒業し、就職している年齢だ。龍はそこに驚いているようだ。

「はい。父の事務所を時々手伝うくらいで就職はしていません。いずれ……結婚してすぐ辞めることになるのだから、就職はしなくていいと……言われたもので」

 それを聞いた龍は不愉快そうに眉を顰めていた。
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