出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
「まったく……。どこの家にも胸糞悪い話は転がってるんだな」

 龍は顔を逸らし、実乃莉に聞こえるか聞こえないかの小さな声でボソリと呟く。

「すみません。やはり未経験では……」

 龍の険しい表情に、やはり自分では無理なのかと力を落とす。
 実乃莉が今までしてきたことと言えば、来客へのお茶出しや簡単なパソコン入力と電話の取り次ぎ。とても胸を張って経験ありますとは言えないものばかりだった。
 そんな実乃莉の落胆した様子に、龍は顔を上げるとその言葉を否定する。

「あぁ、違う。悪い、こっちの話だ。俺はあんたでも構わない。そう難しい仕事ではないからな。ただ、決めるのは仕事を教える深雪だ。だったら……」

 そこまで言うと龍は自分の腕時計を確認した。

「深雪に会ってみるか? 早い方がいいだろ?」
「今からですか? でも、お休みなんじゃ……」

 実乃莉の心配をよそに龍は笑って答える。

「手土産の一つでも持ってったら許してくれるだろ。それに、これで決まれば助かるのは深雪だ」

 そう言うと龍は掛けていた上着を探りスマートフォンを取り出した。

「そうだな、今から出れば四時半には着くだろう。そのあとあんたを家まで送ればちょうどいい時間だ」
「そんな! 家までだなんて。一人で帰れます。私のことは……」

 気にしないで下さい、と言う前に龍の声が重なる。

「送るよ。って言うより、あんたの親父さんにそう約束したからな。六時には送り届けますって」
「いつの間に……」

 とは言っても、そんな約束ができるのは父から掛かってきた電話を代わったときしかない。その時点ですでにさっきのシナリオを描いていたとすれば、龍はかなり頭の回転が早いのだろう。

「交際している、の信憑性は増すだろ? すまないが、次は深雪への手土産の調達に付き合ってくれ。悪いな、連れ回して」

 龍はそう言いながらスマートフォンを操作していた。
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