絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
妻の決意
 シドニア領に戻ったのは、深夜をだいぶ過ぎてからだった。

「お食事はどうなさいますか?」

 迎えに出たダニエルの問いかけに、マティアスが口を開きかけたその瞬間、

「私は疲れたからさきに休みますね。おやすみなさい」

 フランチェスカはそう言って、迎えに出てきたアンナとともに、足早にその場を離れて自室へと向かった。
 背中に目があるわけではないが、マティアスが自分を見ている気がして、今はその視線が煩わしい。アンナに手伝ってもらいつつ旅装から夜着に着替えたところで、メイドたちが温かい湯を運び入れてきた。
 どうやらマティアスの指示らしい。夫の気遣いが弱った心にグサグサと刺さる。
 それが顔に出ていたのだろう。

「面倒くさがらないでください。疲れている時こそ、きちんとしたケアが必要ですよ」

 アンナはそう言って腕まくりすると、フランチェスカの手足をお湯でかたく絞った布で丁寧に拭き始める。しばらくすると、ひんやりと冷たかった手足が痺れるように熱を帯びフランチェスカの気持ちもゆっくりとほぐれていった。

 アンナの気遣いに感謝しつつ、
「私、ほんと自分が嫌になるわ……」
 と、口を開く。

「どうしたんですか急に。出発前はあんなにはしゃいでおられたじゃないですか」

 アンナがゆったりした口調で問いかけた。

「そうね。私はたった数日でマティアス様のことを、もっと好きになったわ。だけどマティアス様は私に呆れたと思う」

 フランチェスカは椅子に座ったまま、はぁとため息をつく。
 そしてこの数日で起こった話を、つらつらとアンナに説明した。
 話を聞き終えたアンナは「なるほど……自覚はおありだと思いますが、それはやはりお嬢様がよくなかったですねぇ」とズバリと言い切る。

「わかってるわよ……」

 フランチェスカはがっくりと肩を落とした。

「帰りの汽車の中で、マティアス様に謝ったのよ。だけど『怒ってなんかいません』って優しく微笑まれて……私がただひたすら、いたたまれない気分になっただけ……はぁ……」

 あの時の自分の振る舞いやふたりの間に流れていた微妙な空気を思い出すだけで、フランチェスカは『わ~~!!』と叫んでこのまま消えてしまいたくなる。
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