絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 そもそも王太子妃つきの女官という女性の誉れのような役職を、断るほうがどうかしているのだ。それはわかる。
 だがフランチェスカは、彼に必要とされたかった。あの人に『側にいてほしい』と言ってほしかった。その期待をあっさり裏切られて、勝手に拗ねてしまったのだ。

「寝る前に、もう一度謝りに行くわ。自己満足なのはわかってるけど……そうしたいの」

 アンナに愚痴を聞いてもらったおかげで、胸のつかえが少し軽くなった。

「そうですね」

 マッサージを終えたアンナは、タオルでフランチェスカのすらりと伸びた足を拭きながらうなずく。
 それから髪を念入りにブラッシングしてもらっているところで、ドアが軽くノックされた。
 アンナが「はい」と言いながら立ち上がり、ドアを開ける。

「ま! 少々お待ちくださいませっ……」

 そして慌ててフランチェスカのもとに戻ってくると、小さな声でささやいた。

「旦那様ですよっ! 当たって砕けない程度に頑張って……!」
「えっ!?」

 フランチェスカは目を丸くした。

(マティアス様がお部屋に来てくださったってこと!?)

 砕けない程度にがんばれというのはどういうことだ。そう簡単に言わないで欲しい。

 戸惑うフランチェスカをよそにアンナは床に置いていた盥やオイルをサッと手にとると、グッと親指を立ててウィンクしてから、
「奥様、おやすみなさいませ」
 と言って、足早に部屋を出て行った。

 マティアスから夜寝る前に部屋に来てくれるなんて、初めてのことだ。

(どうしたのかしら……)

 フランチェスカは慌てて室内履きに足を入れて、ドアへと向かった。
 ドアから少し離れたところに立っていたマティアスはまだ外出着のままで、どこか落ち着かない様子で体の前で腕を組み、手のひらで上着の左胸のあたりを押さえている。

「マティアス様……どうぞ部屋の中に入ってください」

 夫なのだから妻の部屋に入るのに許可はいらないのだが、一応『白い結婚』だから遠慮しているのだろう。彼らしいことだと思いながらマティアスを部屋の中へと招き入れる。
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