絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる

「八年前、前線で指揮を執っていた僕は、情報伝達のミスで敵国に捕らえられてしまった。敗色濃厚な戦況で撤退命令が出て、僕は見捨てられる寸前だった。敵味方入り乱れる前線で死を覚悟したよ」

 当時を思い出したのか、ジョエルの顔が悲しげに陰る。

「そこで上官の命令を無視して、ほんの少しの部下と一緒に僕を助けに来てくださったのがマティアス殿なんだ。ボロボロの僕を背中に縛り付け、生きることを諦めそうになる僕を励ましながら、馬を乗り継いで故郷まで連れて帰ってくださった。僕が今こうやって生きていて、妻子とともに健やかに暮らせているのは、あの方のおかげなんだよ」

 兄の言葉に、八年前のできごとが鮮やかに蘇ってくる。

「もう死んだと思われていたお兄様が帰って来たものだから、大喜びしたおばあさまがマティアス様に、爵位とシドニア領を与えることになったのよね?」

 八年前、大好きな兄が戦死したと聞かされた時は家族全員がひどいショックを受けて、毎日泣いて暮らしていた。だがそれからまもなくして、生きていたという連絡が飛び込んできて、天地がひっくり返るような騒ぎになったことを、フランチェスカは今でもよく覚えている。
 フランチェスカの言葉に、テーブルの上で祈るように手を握り締めたジョエルは、それから美しい顔を悲しげに曇らせ「あぁ……そうだ」とうなずいた。

「けれど叙勲の当日、マティアス殿は王城で開かれる儀式に遅れて来たんだ。侯爵家が用意した真っ白な軍服を泥だらけにしてね。それで、彼が叙勲されることをよく思っていなかった貴族たちの笑いものになってしまった。『野良犬』『約束も守れない野蛮なケダモノ』だなんて失礼な言葉をぶつけられて……本当にひどかったよ」

 ジョエルの花のような笑顔がみるみるうちに萎んでゆく。
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