絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる

 当時のことを思い出したのだろう。目元を指でぎゅっとつまみながらはーっと息を吐く。

「泥だらけのマティアス殿は、その場でも言い訳ひとつなさらなかった。ただ祖母に遅刻を詫び、爵位も領地も自分には不相応だと頭を下げたんだ」

 だが祖母はそんなマティアスを責めることもなく、儀式を続行し、マティアスは無事爵位を与えられたのだという。

「その後、マティアス殿はシドニア領に引きこもって、人嫌いの軍人貴族と噂されるようになった。そしていまだに、こんなことを言われている」

 ジョエルはテーブルの上の新聞に悲しげに目を落とし、美しい指先で紙面の文章をとんとん、と叩く。愁いを帯びた表情は、我が兄ながらまるで女神像のように美しかった。
 そんな兄の言葉に唇をかみしめた後、フランチェスカは重く口を開く。

「確かに八年も領地に引きこもっているって、貴族の常識からしたら、少し変わっているのかもしれないけど。そもそも当時のおばあさまは、マティアス様が叙勲に値する人だと考えたんでしょう?」

 そもそも彼が本当に人嫌いなら、ジョエルを命がけで、しかも命令違反をしてまで助けるとは思えない。

「それを外野がごちゃごちゃと……。人様を勝手に評価して野良犬だなんて馬鹿にするなんて。その方がよっぽど恥ずかしい行いだと思うわ」

 話しているうちにだんだん腹が立ってきて、フランチェスカはぎゅっと唇を引き結ぶ。

 貴族のさまざまな特権は、いざとなれば領民の暮らしを守るために先頭に立つ人間に与えられたものであるはずだ。
 貴族であることをはなにかけて、人民の盾になるという前提を昨今の貴族たちは忘れているのではないか。
 侯爵家に生まれたからこそ、フランチェスカはこの年まで生き残れたとわかっているが、もどかしくもあった。
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