絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「ここでギルベルトはフーゴの疑問に答えることなく、フーゴを担ぎます。フーゴは拷問でズタボロなので、気遣いつつ立たせてください」
「わかりました」

 ギルベルトことマティアスは小さくうなずいて、そのままひょいっとフランチェスカを横抱きにした。

「!?」

 それはいわゆるお姫様抱っこというアレである。

 いきなり抱き上げられたフランチェスカが目を丸くすると、
「旦那様、間違ってますよ」
 朝からふたりの稽古を見守っていたダニエルが、眼鏡を中指で押し上げながら首を振った。

「すまん、間違えた。本番では気を付ける」

 マティアスはどこか気が抜けたようにふっと笑って、フランチェスカを繊細なガラス細工を扱うような手つきで床に下ろし、胸元から懐中時計を取り出した。

「そろそろお茶の時間ですね。休憩にしましょうか。ダニエル、頼む」
「畏まりました」

 ダニエルは胸元に手を置いて、小さく会釈すると、そのまま広間を出て行った。
 フランチェスカは大きく深呼吸押しつつ、胸にそうっと手のひらをのせる。

(私がここにいられるのも、あと少しだわ……)

 なんだかまだ今いち実感がわかない。

 とりあえずマティアスから物理的に距離を取ろうと、くるりと踵を返した次の瞬間、
「待ってください」
 いきなり背後から抱き寄せられて、フランチェスカの体はマティアスの腕の中にすっぽりと閉じ込められていた。

「――顔が赤いようですが。具合が悪いのに黙っているということはありませんか?」

 マティアスが背後からささやく。
 彼の声は甘く低いので、ただそうされるだけでフランチェスカはあからさまに動揺してしまう。

「えっ、そ、そんなことは……ありません、よ?」

 顔が赤いとしたら、それは接近したからだ。
 マティアスから『夫婦になろう』と言われ、断ってから約一か月強。
 マティアスへの思いを心の奥底に封じ込めてから一度もふたりきりにはなっていない。おかげさまで毎日やることはいっぱいで、フランチェスカもマティアスも忙しすぎるのだ。
 遠くからマティアスを見つめて切なくなることはあるが、フランチェスカはすべての理性と忍耐力を総動員して、何事もなかったかのように振舞える。
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